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「なんだってぼくが…こんな…」
「いいじゃないですか。普段家にいられないんだからこれくらい…」
 しんと静まった真夜中、ささやきあうような二つの声。
 双子の弟は、ご馳走やケーキをたらふく食べて、とっくの昔に夢の中。
 その二人と食べて騒いでやっと寝せつけた次の弟は、兄の目の前に赤い服と白いひげを広げて見せていた。
 そして数日振りにやっと帰宅できた長男は嫌そうな顔でそれを見ていた。

「…そりゃそうだけど…靴下にプレゼント入れておくだけじゃだめのかい?」
 ルーザーは意地でもマジックにこのコスチュームを着せたいらしい。
「だって、ハーレムもサービスもサンタさんが来るのを楽しみにしてるんですよ?」
「毎年そう言いながら眠ってたじゃないか」
 寝ているところにこんな格好してまでプレゼントをいれても仕方ないじゃないか、と暗にマジックは匂わせたのだが、ルーザーは譲らない。
「でも今年は絶対に起きてるんだって意気込んでましたからねぇ。特にハーレムが」
「おまえのせいだろっ!」
 思わず荒げた声に、ルーザーは口の前に指を立てて制し、マジックもあわてて口を閉じた。


 ことの起こりは一週間前だった。

「サンタさん、今年は何くれるかなぁ」
 という子供にはごく当たり前の会話が双子の間で交わされていた時…。
「そうだね。ほしいものがあったら兄さんに伝えておくよ」
 …と子守をしていたルーザーが口を滑らせてしまった。
 それまでわいわいと話をしていた二人が急に押し黙る。
「どうしたんだい?」
 質問をされたサービスはしばらく俯いていた。
 しばらくたって顔を上げた彼はひどく寂しげな表情をしており、目にはうっすらと涙を浮かべて…ポツリと言った。
「…やっぱりサンタさんっていないんだね」
 しまった、と思ったときにはもう遅い。普段は頭の回転もよく、口もたつルーザーだが、この場合どう取り繕ったらいいか、どう説明したらよいのか…とっさに答えがでてこなかった。
 そこに耳に入ってきたのは、ハーレムの悲痛な叫びだった。
「そんなことないよ、サンタさんはちゃんといるんだよ!」
「でも…さっきお兄ちゃんがマジックお兄ちゃんにって言ったじゃん」
「マジックおにーたんからサンタさんに頼んでもらうんだよ」
「でもいつ頼んでもらうの?お兄ちゃん忙しくてお家にも帰れないじゃん。それに頼んでいたところハーレムはみたの?じゃあ世界中のパパがサンタさんに頼みに行くっていうの?」
「う…うるさいっ」
 ついに双子の間でつかみ合いの喧嘩が始まった。
 なんとか二人を分かれさせたてが、ルーザーは途方にくれる。
 まさかこの年でこんなに純粋にサンタクロースを信じていたとは思ってもみなかったのだ。
 
「悪かったと思っています、兄さん。だからあの二人のほしいものをリサーチして、買出ししてきたんじゃないですか」
 兄にクリスマス・イヴの夜だけでも戻ってほしいと頼みこんだのもルーザーだった。
 もちろん自分も戻りたかった。
 父の跡をついでからは忙しすぎて弟たちとろくに顔もあわせる暇もない。おまけにここ数週間は戦況も予断を許さない状況で家にも帰れず本部にいることが多かった。
 とりあえずクリスマスの準備はルーザーに任せて、なんとか時間を作って帰宅したのが夜の11時過ぎだというのに…待ち構えていたのは赤い服を持ったすぐ下の弟。
「お願いします、兄さん。やはりこういうことは形から入らなきゃでいけないですよね」
 自分でそれを着るという選択肢はなったのかい?と訊く余地もなく、にこやかなお願いから必死のお願いに変わった今…マジックはルーザーの用意したサンタクロースの衣装に着替え始めた。



 そうしているうちに、時計の針がクリスマスがやってきたことを告げた。
 二人は双子の部屋にそっと近寄り、ドアに耳をそばだてた。
 マジックが帰る前にルーザーがそこを伺った時、ルーザーに向かって『おやすなさーい』と言ったハズの二人の話し声がしていた。
 話の端々にサンタがどうのというのが聞こえていたことからして、本当に来るのを待つつもりだったらしい。
 だけど、今は静まりかえっている。
「寝ているみたいですよ」
 押し殺した声で言うルーザーに、真っ赤な服と白いひげをつけたマジックは頷いた。

 二人はそっとドアを開けて中に忍び込んだ。
 サンタが来たら確かめるつもりだったのか、部屋の中はスタンドがついたままになっており、隣り合ったそれぞれのベッドで眠っている二人の顔がよく見えた。
 起きている時のの喧騒からは信じられないほどに愛らしい寝姿に、月並みだが『天使』を連想してしまう。
 二人の寝顔を見ていると、マジックは日々の仕事の疲れやかえってからのルーザーとのやり取りが吹っ飛んでしまった。

『…とと…見とれている場合ではないか…』
 右側の端にサービスの靴下。左側にはハーレムのものがぶら下がっている。
 まずサービスの靴下に電車のオモチャを入れた。
 そして反対側のハーレムのサイドに回り、靴下にハーレムの希望していたオモチャのガンを入れようとした時…ベッドのハーレムがいきなりムクリと起き上がった。
 二人の兄は慌てた。
 ルーザーはハーレムに見つからないようにクローゼットの影に隠れたが、マジックは逃げようがなく、そのままベッドの上のハーレムと真正面からご対面することになってしまった。
 こ、これはどうしたらいいんだ。
 引くにも引けず慌てるマジックに、彼を焦点の定まらない目でじーっと見つめていたハーレムがいきなり抱きついてきた。
『わっ、わっ!』
 ひし、と抱きつかれたマジックはどうしていいのかわからずルーザーの姿を探した。だが、ルーザーも予想外のことに目を丸くしているだけ。
 こりゃ…もうバレたな…と次にくるハーレムの騒ぎを覚悟したところに、しがみついている弟はマジックの身に着けている服にほお擦りし、顔を埋めて何度もこすりつけた。
 予想していた歓迎のされ方と違う反応に戸惑う二人の兄の耳に入ってきたのは…
「パーパ…」
 たった一言だったが、はっきりと聞こえたその言葉に二人の兄は電流に打たれたかのようにその場に立ち尽くした。
 泣くのでもなく、喜ぶのでもなく…ハーレムはマジックの服にすがりついたままじっとしている。
 そっと小さな背中を抱きしめると、取りすがっていた小さな手が安心したように兄の服を握り返した。

 結局ハーレムの口からは、それ以上父を呼ぶ言葉はでてこなかった。
 すっかりと体を兄に預けたまま再び眠ってしまったハーレムを起こさないようにそっとベッドに寝かせ、靴下にプレゼントを入れると、マジックはスタンドの電気を消し、見守っていたルーザーと静かに部屋から出て行った。

「お疲れさまでした」
 サンタのヒゲを取り、服を脱いでいるとルーザーがココアを差し出してきた。
「ああ、ありがとう」
「だけど…意外でしたね」
 まさかサンタを見て『パーパ』と呼ばれるとは思ってもみなかった兄二人はうなずき会う。
「…やはり寂しかったんだろなあ…二人とも父さんを探したり、どこに行ったと泣いたりして困らせたことはなかった」
 あれ以来二人のことを任されているルーザーはココアを飲みながらしみじみと言った。
「服が赤かったからかな…」
 父がいつも着ていた総帥服の色と似ても似つかなかない安物の赤い布地をつまみながら言うマジックにルーザーは穏やかに打ち消した。
「兄さんだからハーレムも父さんが帰ってきたと勘違いしたんですよ」
 ルーザーにしてはまるで理にかなっていない理由だったがそれでもいいかもしれない、とマジックは思った。だが、ハーレムが寝ぼけていたにしろ、そうであったのならこんなに嬉しいことはない。

「あ、忘れるところだった」
 ルーザーはサイドボードの引き出しから包みを一つ取り出した。
「はい。ボクからのプレゼントです」
「おまえがボクのサンタさんかい?」
 ルーザーの目の前で丁寧に包装紙をとき、中身を取り出す。
 小ぶりな箱の中から出てきたのは金色の懐中時計だった。
 精細な模様の施された時計蓋の裏には「to Magic From L,H,S」と刻まれていた。
 シャンデリアの灯りにキラキラと反射するそれをなんども指先でなぞり、マジックは蓋を閉じた。
「ありがとう、大切にするよ。ああなんてことだろう。ボクはおまえのプレゼント何も準備してなかったよ」
 うかつだった。イブの日のうちに帰ることばかり気にしていてすっかりと忘れていた。クリスマスのために孤軍奮闘してくれた弟を済まなさそうに見ると、弟はあっさりと許してくれた。
「いいんですよ。ボクは兄さんが戻ってきてくれただけで十分ですから」
「それじゃあ悪いよ。今度戻るときには何か一緒に買い物に行こうよ」
「忙しいんだからムリしなくてもいいですよ。とりあえず来月のお小遣いアップで…」
 冗談か本気か分からない要求にマジックは苦笑した。まあそれくらいはいいだろう。
「分かったよ。来月はお小遣いアップな」
 ルーザーは、半分あくびをかみ殺しながら礼を言った。
 見れば時計はもう一時を回るところまできていた。
 さすがに自分ももう眠い。
「もう寝ようか。明日は多分朝ご飯を一緒に食べる時間くらいはあると思うし」
 ルーザーはもう一度大きなあくびをしながら同意した。
 そのあくびがマジックにも移り、二人は思わず互いを見て笑った。

「じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ」

 自分たちにプレゼントを届けてくれるサンタクロースはいなくても、明日はきっと楽しいクリスマスの朝になる。
 そんな予感を胸に抱きながら、マジックは久しぶりの自分のベッドにもぐりこんでいった。


20050924 修正





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