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欲しかったもの





「お帰りなさいませ」
 足音が冷たく響く廊下をこわばった顔で歩いてきた大人たちを、別の硬い表情をした大人たちが出迎えた。
 彼らは大人たちの後ろで、ともすれば見落とされそうな位置にいたコタローを恐怖の混じった目で一度だけみたが、すぐに視線を反らした。

 そして全員が険しい顔をして難しい話を始めた。



 
「とりあえず、司令室に戻ろう」
 出迎えた部下の報告を一通り聞いたマジックの提案に全員が同意し、本部司令室に直行する幹部専用のエレベーターに向かおうとした時だった。

「お父様」
 一歩下がったところにいたグンマから掛けられた声にマジックは振り返り、一緒に歩いていたキンタローとハーレムも足を止めた。
「なんだね、グンちゃん」
「ボクとコタローちゃんはここで…」
 マジックは驚いたようにコタローに視線を落とした。
「あ…そうだね。もう疲れただろう、コタロー」
「疲れてなんかない…」
「お父様たちは今から大切な会議をするんだよ、コタローちゃん」
「だったら、ボクも…お兄ちゃんを助けに行くんだ」
「コタロー!」
 とがめるような父の声に、思わず身を竦めた時だった。
 ふわりと手が頭に載せられ、手の持ち主が自分の目線まで下がってきた。
「今はね。助けに行く準備をする時なんだよ、コタローちゃん」
「でもっ…ボクッ早く…」
「パプワ島に行くにはそれ相応の準備が必要なんだ」
 パプワ島は別次元に行くとパプワ達は言っていたことと、センサーがどうのとかキンタローと呼ばれる人が難しいことを言っていたのをとコタローは思い出した。
「それについて話すことが、お父様や叔父様やキンちゃんたちの準備で、ボクやコタローちゃんはの準備は、ゆっくりと休むことなんだ」
 目の前のグンマの柔らかい笑顔に、怒らせていた肩から力が抜けていき、コタローは小さく頷いた。
 
「じゃあグンちゃん、コタローのことは頼んだよ」
 グンマは頷くとコタローの手をとった。




 エレベーターの入り口で彼らを見送り、グンマに連れられたコタローは別のエレベーターに乗り込んだ。
 それを降りて、物々しいロックを解いて中に入ると、グンマは自分が着ていた白衣とスーツの上を脱ぎ居間のソファの背に無造作に置いた。
 コタローはグンマにすすめられて、ソファに腰掛けた。
「今からご飯作るけど、何か食べたいものある?」
 とキッチンから顔を覗かせながら尋ねてきたグンマに、コタローから力のない返事が返って来る。
「あんまり食べたくない」
 グンマは別に気落ちした様子も、困ったような顔も見せずに、
「そう。じゃ、ホットチョコレート作るから」
 というとキッチンに消えた。そして、すぐにホットチョコレートをコタローの所に持ってきた。
 カップを受け取ると甘いバニラの香が鼻腔をくすぐる。グンマのホットチョコレートは子供のコタローも甘いと思ってしまうくらいのものだったが、一口二口と飲んでいくうちに、気分が落ち着いて体があたたまってきた。
「おいしかった」
 カップの中のものを全部綺麗に飲み干してテーブルに置いたコタローは、同じものを飲んでいるグンマにさっきから気になっていたことを尋ねた。
「ここってグンマおにいちゃんの家なの?」
「そうだよ」
「ボクの家は?」
「ここだよ。シンちゃんもここに住んでいるって…ガンマ団本部にあまりいないし、いつも総帥室の隣で寝ているから住んでいないのと大差ないか。ボクもラボに寝泊りすることも多いし…」
「なんで?」
「四年前ボクはここで暮らすことになったんだ。つまりボクもコタローちゃんのお兄ちゃんになったんだよ」
 四年前という言葉にコタローの顔が曇った。
 それに気づいたグンマは慌てて説明を始める。
「えーと……色々と説明すると長いし難しいんだけどね。四年前にあった戦いのおかげで、ボクがマジックおとーさまと、シンちゃんとコタローちゃんの家族だったことが分かったから一緒に住んでるんだよ」
「じゃあそれまでは?」
「高松と一緒に住んでいた」
 かすかな記憶の中で、グンマはいつも黒い髪と口元の大きなホクロの印象的な『高松』という男と一緒だった。
「なんで?」
「そのころはボクのおとーさまはもう死んだと思っていたから」
「じゃあどうしてパパがお兄ちゃんのパパだって分かったの?どうしてパパと親子だって分からなかったの?」
 グンマの唇がかすかに歪んだ。開こうとして一瞬わなないたのをもう一度噛み締めて堪えたが、それはコタローには分からなかったらしい。
 彼は矢継ぎ早にそれまで頭に渦巻いていたことを投げつけてきた。
「どうして?あのキンタローって人はいつ…」
 グンマは首を振ってコタローに、質問をさえぎった。
「どういったらいいんだろうね。何があったのか、そしてどうしてなのかは分かったんだけどね…それをボクが正しく理解しているかどうか、そしてどうしたいのかがまだ分からないんだ」
「言ってることがさっぱりわかんない」
「ん…だってボクにも分からないことだらけだったんだよ。あの時は」
「あの時って……ボクが前のパプワ島を壊したときのこと?」
「そう」
 うつむいたコタローの肩が小さく揺れた。
「まだ気にしてるの?」
「…パプワくんやみんなはボクを受け入れてくれたけど…ボクがパプワくんたちが前のパプワ島にいられなくなった原因だってことは変わらないし…それに今度は…」
 涙が小さな手の中で揺れるマグカップの中へ落ちていく。
 突然の兄とともだちとの別れに、泣くこともできなかったのだろうか…と思うとグンマの胸は痛んだ。

 
「コタローちゃん」
 グンマの呼びかけにコタローは涙をぬぐい顔を上げた。


「四年前のあのことはね、悪いことばかりじゃなかったんだよ。少なくともボクにとってはね…あ、もう一杯チョコレートいる?」
「…あ…別に」
 グンマは空になったカップをコタローの手から取り寄せると、自分の分とまとめて立ち上がった。 
 グンマは二人分のホットチョコレートを持ってテーブルに戻り、コタローの前に置いた。

「コタローちゃんはボクにかけがえのないものをくれたんだよ」
「ボクが?」
「…高松やシンちゃん、叔父様たち…みんなボクによくしてくれたけど、誰もがどんなに頑張ってもボクにあげられないものがあったんだ」


 お父さん、と呼びかけていたのは写真だった。
 お母さん、と呼びかけても答えは返ってこない。
 『イトコのグンマ』はいても、『甥のグンマ』はいても、『息子』のグンマではなかった。



「あの島から帰って『おとーさん』って呼んで、『なんだい?』って返ってきた時ね。あんなに嬉しいことはなかった。そりゃ、ボクがおとーさまの息子だって分かったときに、色々という人も多かったけど。ボクはそれだけで十分だった」
「おにいちゃんは、幸せになれたの?」
 グンマは穏やかな笑みを浮かべてコタローを見るばかりで、コタローは戸惑った。どうしたらよいのか分からない顔つきでじっと見ているのに気づいたグンマはコタローに言った。
「もう一度呼んで」
「え?」
 グンマの意図が分からず、聞き返したコタローにグンマは言う。
「もう一度『お兄ちゃん』って呼んで」
「……グンマ…おにいちゃん」
 グンマは満面の笑みを浮かべ、椅子を立つとコタローの元へと歩み寄り、ぎゅっと抱きしめた。
「ありがとう。コロタローちゃん」


 目覚めてくれてありがとう。
 無事に帰ってきてくれてありがとう。


 言葉にならない思いが、体温と抱きしめた腕の力強さでコタローに伝わってくる中、コロターも抱きしめるグンマの腕を握った。

「…ただいま、おにいちゃん」
 
  
Happy Birthday GUNMA!
20050512 執筆 0922 加筆修正





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