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良薬は・・・


「苦いよぉ〜こんなの飲めないよぉ〜」
 熱がもうじき39度を突破しようかというのに未だに暴れるすぐ下の弟に、ルーザーはうんざりしていた。
 子供用に作られている薬がそんなに苦いはずはないと思うのだが、このこらえ性のないわがままなやんちゃ坊主はききやしない。
「そんなこといって!このお薬が飲めないんだったらもう一回病院にいってくるかい?」
 病院にいく、という言葉にハーレムは硬直した。




 学校から帰ってきてみれば、双子の一人が顔を真っ赤にしていた。
 慌てて兄に連絡をし、医者に連れて行ったのだが…。
 ルーザーが日々やんちゃが過ぎると思っていた弟は、病院に入る前から「注射はイヤだ」と暴れ、医者の前にいったら「はーいお口を大きく開けて」の一言で医者の股間を蹴りあげた。
「ハーレム、そんなことして!」
 取り押さえる時に、医者を蹴り上げた足の太ももの内側を思いっきりつねり上げたが、今度は火がついたようになきだす。
「それくらいの痛みがなんだっていうんだ」
 思わず大声で怒鳴った瞬間、弟は静かになった。
 やっと静かになった弟の頭をやさしく撫でながら兄は諭す。
「いい子だね。こんなの今からする注射に比べたら痛くないはずだよ」
 注射…今からする注射………。
 股間の痛みからようやく口を利けるようになった医者が…
「子供には注射はしませんよ」
 といおうとしたのだが…そのまえに…
「ボクがお医者さんに頼んであげるよ。こーんな大きな注射をお尻にしてもらったら…」
 人間に…幼児にそんなでかい注射するかー!と医者が突っ込みを入れる前に、ルーザーはガタガタと震え始めた弟の前で、両手の親指と人差し指で円を作った。
「一発で風邪治るからね…おや、熱が上がってきたのかな?ハーレム震えてるよ」
 上がるどころではない。ハーレムは身も凍る思いをしているのだが…
「熱ざましの注射も入れてもらおうか。あれはかなり痛いけど熱にはよく効くんだよね。こないだ兄さんがしてもらったやつ。もの凄く痛くて…おまけに手を抜いて揉んでなかったからお尻が痛くて座れないって言ってたっけ」
「子供にそんな注射はしませんっ!」
 体の大きな(確かに)あなた達と違って、まだ小さいこの坊ちゃんにはしませんよっ。
 やっと口を挟むことができた医者が言った。
「だって。残念だったね、ハーレム」
 残念も何も…九死に一生もいいところである。
「いい子だね、ハーレム。おとなしく診察を受けてくれるよね?」
 もう涙目でうなずくしかないハーレムは、医者の前のスツールにちょこんと座った。
 




「病院…行きたく…な…い…」
 しゃくりあげながらハーレムは兄に訴える。
「じゃあお薬飲むよね?」
「飲む……」
「飲んだらご褒美にミルクセーキ作ってあげるから」
「いやだぁ〜今作ってよぉ〜」
 ここでまたヘソを曲げられたくないルーザーは折れることにした。
 キッチンに行き、卵とミルクと砂糖をたっぷりといれミキサーし、氷を入れたグラスに注いで、ハーレムお気に入りのト音記号の形のストローも刺してもって行く途中…。
「あ、ルーザーおにいちゃん」
 遊びに行っていたサービスが帰ってきた。
「お帰り、サービス」
「あ、おいしそう…ってもしかしてハーレムのなの?」
「そうだよ。サービスも欲しいんだったらキッチンにあるよ」
「ありがとう、おにいちゃん」

 ああ、なんて手のかからないいい子だろう、とキッチンに消えていく後姿を見送りながらルーザーは思う。

 
 ハーレムは兄がキッチンに行っている間に薬を捨てて『飲んだ』などというウソをついてもムダなのは分かっているのでしなかった。
 そんなことしたらもっと怖い目にあうのが熱に浮かされ始めた頭でも分かっているからである。
「さあて、ハーレム」
 ここまできたらと心を決めてミルクセーキを手にとろうとしたが…
「だめだよ。これは口直し。先に薬を飲んで」
 と兄に制止された。
「良薬は口に苦し、だよ」
 ハーレムは水を口に含んで、袋に入った粉薬を一気に煽って嚥下すると兄の手からミルクセーキのグラスを受け取って飲む。

 甘かった。
 ミルクセーキは…甘いけど苦くて。
 口の中に残っていた粉薬と、少しでも甘みを強くしようとしていれた砂糖の溶け残りが混ざってハーレムはまた泣きたくなってきた。
 だけど、その前の兄とのやりとりや病院のことと上がってきた熱でフラフラとしはじめて…早い話がもうそんな気力も体力もなくなっていたのだった。
 おとなしく残りのミルクセーキを飲みあげトレイに戻し、毛布の中にもぐりこむ。
 兄はハーレムが寒くないように、と掛けなおしてあげながらにっこりと笑って言った。
「いい子だ!ちゃんとおとなしくなったね。いい子は大好きだよ、ハーレム」

 このおやすみなさいの前の言葉が、熱にうなされるハーレムにどんな夢を見せたのか…次兄は知る由もない。



 そして翌々日。
 ルーザーは再び病院に弟を連れてくることになった。
 兄弟間での病気の伝染はよくあることで、まだ幼い双子とあれば無理もない。

 数日前のことを思い出し、医者はぎょっとしたが、今度のメインの弟はおとなしくちゃんと言うことをきいていたし、前回のやんちゃ坊主は風邪で体力を消耗しているのかやたらとおとなしい。
「そっちの坊ちゃんの風邪がうつったんですね。お薬だしておきますから」
「ありがとうございます」
 医者はハーレムも診て、もう一度薬を出すといって二人の診察は終わった。
「そうそう。今度ですね…。子供用の新しい薬が出たんですよ」
「どんな薬ですか?」
「薬の成分は変わらないのですが、苦味がなくなって飲みやすさがぐんとあがってるんです。それだしてみましょうか?」


 にこやかにお願いするルーザー。
 世の中には要領のいいヤツと間の悪いヤツがいるものだと…ハーレムは知ったのであった。









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