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こんなことならさっさと部隊に戻っておけばよかった…。 真夜中に…部屋のドアが開いた気配に、ハーレムは後悔した。 極力音を立てないようにして近寄ってくる足音が二つ。 『…眠っているな』 『…ですね』 ささやきあうように確認する声は…二人の兄のものだった。 マジックから至急本部に戻るように、と呼び戻されたのは三週間前だった。 たまたま本部から近い場所で夜間訓練に入っていたハーレムは、取るものも取らず大慌てで戻った。 彼の双子の弟の入った部隊が壊滅したという情報がその少し前に入って、訓練ベース内が騒然としているところにきた帰還命令に、転げるようにたどり着いた本部には、弟の冷たい躯はなかった。 いたのは集中治療室で顔の半分を包帯に覆われた虚ろな半身だった。 それ以来気の休まることがない。 これならいっそのこと激戦区の敵の銃弾の真ん中にいたほうがましだと思った。 半狂乱のルーザー、涙を流すこともできないサービス、爆発しそうな感情をなんとか抑えようと必死のマジックと…。 ルーザーに泣きつかずにおれなかった自分。 赤の一族。 それに対峙したルーザーのとった行動は…正当なものだ。 一族の為には。 だが……。 それがこんなことになるとは誰が予想しただろう。 意地の悪い死神でさえ見放してしまったような悪夢の中で兄は何度も自分に問い続ける。 分からない、どうして?…分からない…。 何故分からないんだよ、たったそれだけのことが! …ハーレム…ボクは知りたい…。 知ってどうする! ボクが知りたいのは…………。 研究の対象にでもするのかよ、学会にでも発表するのかい? どうしたら…贖えるの?この恐ろしい罪を…。 『罪』という言葉が兄の口から滑り出した時、ハーレムは彫像のように硬い表情で彼を見た。 罪…それが罪だと分かったのがどうして今になってなのだろう…。 もうジャンの命は戻らない。サービスの右目はよみがえらない。 ああ…それならいっそのこと………。 贖いたいというのなら…。 この男が、ズタズタに切り裂かれるビジョンが脳の奥でちらついた。 弟の優美な指が血に染まり、氷よりも冷たい瞳が見下ろしている…。 血にまみれた躯を地に横たえ、ガラス玉よりも安っぽい青になった瞳が空を見つめ、 やがては朽ちていく存在に成り果てる。 自分が思い描いた身の毛のよだつ光景に、思わず壁を殴りつけた。 哀れな壁にヒビが入り、パラパラと破片が床に落ち、裂けた皮膚からは赤い血が滴り落ちる。 「ハーレム!」 滴り落ちる血をハンカチでぬぐいながら、 「ああ…なんてことを…痛いだろうに…」 と、兄は繰り返す。 なんてことを…なんてことを……。 自分の心もそういって泣き続けていた。 ハンカチを手の甲に巻こうとするルーザーの手を振り払ったとき、再び血が飛び散った。 ハーレムは『今薬を持ってくる』という兄に背を向けた。 「ハーレム…」 マジックの手がシーツにかかった。 「いいんですよ…兄さん。よく眠っているし」 マジックを制す声。 「…そんなこと…いやだよ。私は…」 上ずっているマジックの声。 明日Eブロックに行く、といっていたが…明日ってのは日付をまたいでからすぐのことなのかよ、とハーレムは内心でひどく驚いた。 「いいんです。こうしてハーレムの姿を見てから出発できるだけで…十分です」 逃げられると思っていたから、というルーザーに、マジックの苦笑が重なる気配がした。 シャワーを浴びたままベッドにもぐりこんだせいで、むちゃくちゃに乱れている髪に何が触れたと思うと、丁寧に撫でつけていく。 熱い吐息が頬に触れ思わず息を詰めたところで、額に唇が触れ…ゆっくりと離れていった。 「さようなら…ハーレム」 来た時と同じように、静かに離れていく二つの足音。 それは自分たち兄弟の幸せな時代の終焉を告げるものであった。 |
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