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It's a small event


「…叔父様、本当にろくなこと考えないねぇ」
 とグンマに言われると、テレビ電話のモニターの向こうにいる叔父のハーレムは、眉をしかめた。昔はそんな顔をされたら震え上がるほど怖かったが、今ではなんともない。
「ロクなことじゃねーだろが」
 モニターの向こうでにらんでいるつもりの顔が、どこか照れくさそうに見えるのは解像度のせいだけではないようだ。 
「いいけど、ここんとこ徹夜続きでやーっと休んだところなんだから。キンちゃん、今日中に目が覚めないかもよ」
「じゃ、協力はしてくれんだな?」
「知らない」
「いーじゃねーか、考えてみろよ。アイツがきてからおまえら何かしたか?オレの知る限りでは…」
 さすがにこの一言にはグンマもカチンときた。
「ちゃんとしていたよ。三年も家出してた人に言われたくないんだけど」
 今度は向こうのハーレムがあからさまに膨れ面になる。
 いい年して一体何でいきなり、とたたみかけようとしたとき、グンマは自分にも思い当たるところがあるのに気づき、この「した、していない」議論はやめることにした。
「確かに…あれは…考え付きもしなかったね。いい息抜きになりそうだし…分かったよ、協力します」
 協力という言葉に気をよくしたハーレムは、
「じゃあ頼むな」

 と、言い残し電話は一方的に切れた。


「本当に、すっかりと忘れてた」
 見ればデスクにおいている卓上カレンダーの絵柄はオレンジのランタンだというのに、この行事のことは、たまたま戦況が落ち着いて本部に帰還していた叔父に言われるまですっかりと忘れていた。

 思い出せば、団内にいる数少ない子供の一人だったころ、当時の伯父…今の父は、年中行事は宗教や風習を問わず積極的ににぎやかにやっていた。
 そして、ハロウィンとなると、グンマは仮装をしてシンタローと二人で団内のあちこちを走り回っては、それぞれの部署のドアの前で「Trick or Treat?」とか言ってはお菓子を貰っていた。

 今になって思えば、それは国籍も民族も多様なガンマ団の内部の者達の融和をはかり、軋轢を生まないための策の一つだったのだが、そんなことを考える必要もなく無邪気に手渡されるお菓子を楽しみにすることができた時代が確かにあった。


「『Trick or Treat?』…か」
 懐かしいフレーズを口にした時、高松が準備してくれた仮装の衣装の手触りが…小さな掌に色とりどりのお菓子を渡してくれる大きな掌の温かさ、戦利品を広げてみせる時の誇らしさと、「よかったですね」といって頭を撫でてくれた高松の手の大きさかさがよみがえってきた。

 だが、キンタローには…。

「よーし、せっかくだしね!」
 ここは一つ…と、意を決して腰を上げたところ、白衣のポケットの中のケータイが振動する。
 入ってきたメールに書かれていたのは
『準備はできた。ちゃんとキンタローを連れてくること。ハーレム叔父様より』。
「ついさっきのことじゃないのさ!」
 断られるとは思ってもいなかったな、とグンマは苦笑するしかなかった。


 夕方、キンタローのラボのドアをノックするとすぐに返事があった。
 まだ眠っているだろうと思っていたグンマは意外だと思いつつ中に入っていくと、なにやら箱を目の前に難しい顔をしているキンタローがいた。
「キンちゃん、それどうしたの?」
 幅の広い平べったい箱は、紳士服を入れるのにちょうどいい大きさだった。
「さっきコレが届いたのだが…」
 キンタローは何かカードと一緒にグンマに指し示す。
「ちょっと見せて貰っていいかな?」
 箱の中の薄い覆いを取ってみると、タキシード一式が現れた。

 上着を取り出してみたが縫製もしっかりとしている。襟首のタックがないのがちょっとアヤシイかも、と口にしたところ、
「…ハーレムから届けられたんだが…どういうことだろう」
 とキンタローが手にしていたカードをグンマに見せた。
 カードには、『今宵九時にこれを着て特戦部隊控え室まで来るように』とある。
 ここでネタバラシをしたら大変なことになると、グンマは話を反らした。
「えーと…とりあえず、この服着てみたら?せっかくあの『ボクらに一度もお年玉をくれたことのない』叔父様がくれたんだし」
 強調された『お年玉もくれたことのない叔父』がめったにしない『贈り物』となると、不信感よりもちょっぴり感動が上回ったキンタローは、贈られたタキシード一式を箱から取り出した。
 ハーレムはどこでキンタローのサイズを知ったのだろうか。
 タキシードはまるであつらえたように体にあっていた。
「どうだ?」
「よく似合うよ」
 タキシードについたマントもはおるかと思ったが、指定された時間まであと二時間ほど時間があるのに気づいたキンタローは、一旦タキシードを脱いだ。
「どうしたの?」
「いや、まだ時間もあるし。それに…ちょっと用事があるんでな」
「え、キンちゃん叔父様のところにいけないの?」
「いや、それは大丈夫だ。それまでに済まさないといけないことがあるだけで…」
「そう。じゃあボク、ラボに戻るけど、時間がきたら迎えにくるから待っててよね」
 グンマは念を押し、自分のラボに戻ると手早くやりかけの作業を済ませ、白衣からラフな普段着に着替えた。そして八時半を回ったところで再び、キンタローのラボを訪れた。
  キンタローは贈られたタキシードを身にまとって待っていた。
「準備はできた、キンちゃん」
「ああ」
「箱に入っていたのはこれだけだったの?」
 なんとなく何をさせようかという意図で贈ってきたのがわかるのだが、それにはひとつふたつ足りないものがある気がする。
「そうだが」
 グンマはちょっと残念な気がしたが、キンタローを警戒させるよりはいいと思うことにした。
「せっかくだからさ、ヘアスタイルもちょっと変えてみたら?」
 グンマはキンタローの腕を取り洗面所に連れて行き、鏡の前に座らせると、少しだけ前髪をたらしたオールバックにした。

「ほら」
 鏡の中のキンタローはまんざらでもないという顔つきをしていたが、やはりなぜここまでしてめかしこまねばならないのかという疑問があったらしい。
「グンマ…これはいったい…」
 尋ねようとするキンタローに、グンマは腕時計を見て
「あ、もうこんな時間」
 と強引に詮索を打ち切った。
「早く行かないと、叔父様待っているよ」


 ラフな格好のグンマと、タキシードを着ているキンタローの組み合わせはよほど奇異だったのか、ここにたどり着くまでに何度も団員たちから不思議そうな目で見られた。
「ところで、キンちゃん。それはなあに?」
 キンタローが持っている細長い箱のことを訊くと、キンタローは
「招待されたのだからな。何か持っていかないとと思って、買ってきた」
 高松から教えられた「よそ様にお伺いするときは…」を律儀に守っているのはさすがといおうか。だが、強引に呼びつけているハーレムのところが「よそさま」というのは正しいのかちょっと判断しかねているところで、二人は特戦部隊の控え室の前に立った。

 ドアの前に立つなり、まっ先に目に入ったのは張り紙。

 二人は思わずそこに書かれていることをくちをそろえて読み上げた。
「Trick or Treat」

 その瞬間ドアが開き、中からけたたましいクラッカーの音と、紙テープが舞い落ちてきた。

「わーはははは!!!!ハロウィーンおめでとーっとくらぁ」
 中から噴出した騒ぎの中心にいたのは、すっかりと出来上がっているナマハゲこと、彼らの叔父。
「お、さすがGだな。ぴったりじゃねぇか」
 キンタローを上から下まで見て、寡黙な部下に同意を求めると、Gは満足そうにうなずき、ハーレムはキンタローの肩を力任せにたたく。
 その後ろでは、ロッドがマーカーに
「ドラキュラの牙やっぱいれときゃよかったか?」と耳打ちして、
「それよりも、「オペラ座の怪人」のファントムのマスクだな」と言い返されていた。

「ハーレム、これはどういうことだ!」
 一人状況が理解できないキンタローは顔を上気させハーレムに詰め寄ろうとしたところ、後ろからグンマがタキシードのマントを引いてとめた。
「だ、だから、今夜はハロウィンなんだってば!」
 ハロウィン?と聞き返したキンタローに、グンマは説明する。
「そう。仮装して、ここにきて、戸口で言ったでしょ?『Trick or Treat』って」
 キンタローはやっとこの一連の出来事を理解し、落ち着いたところで仕掛けた相手に改めて何かを言おうとそっちを向いたときだった。
「ハーレ…うわっ!」
 頭から降ってきた大量のキャンデーに言葉をさえぎられた。
「おう、菓子はやるから、いたずらなんかすんじゃねーぞ」
 犯人はそういいながら楽しそうに甥たちに向かって手のひらに載せたキャンディを紙ふぶきよろしく再びばら撒いた。
「もう、叔父様!」
 節分じゃないんだから、というグンマの文句は大声で笑いあう酔っ払いたちにはもう届かない。
 そうするうちに、ハーレムはキンタローが手にしている箱を目ざとく見つけた。
「お、それは何だ?」
「ああこれは…」
「何々、土産か?お、うれしいねぇ」
 説明を待たずにバリバリと包みを破いたところに出てきたヘネシーの箱に、ハーレムの眼が輝いた。
「ま、せっかくだここまで来たんだから、飲んでけ!」
 手土産がすっかりとお気に召したハーレムはキンタローの肩を抱いて中に連れ込んでいった。
「あーあ…」
 結局あの人達はハロウィンとキンちゃんを理由に騒ぎたいだけじゃないか、とグンマは肩をすくめた。

 だけど、こうしてくれるのもハーレムらしいことだった。
 キンタローもいろいろとがんばっているけど、どこかで一息ついて休んでもらいたいといつも思っていた。
 何かにがむしゃらになっている気持ちわかるが、時々見せる張り詰めた糸が切れてしまいそうな脆さが気になりつつも、言い出せないでいた。
 こんな風にやってくれるのはやはりハーレムくらいしかいない。
 と、まあなんとかなるでしょと帰ろうとしたところに、中からマーカーが顔を出した。
「グンマ様もご一緒にどうですか?」
「ボクも?」
 酒の席にお呼びがかかるとは思わなかったグンマは思わず聞き返す。
 するとマーカーは酒気でほんのりと赤みの差した顔にどこかぎこちない笑みを浮かべて、奥の方を指し示す。
「お菓子も用意してますから」
 断る理由はなかった。
 グンマは人好きのする笑顔を浮かべると、
「そうだね。キンちゃんが本気で飲みはじめたらスゴイことになるって知らない叔父様たちのために、見張っとかないといけないよね」
 酒と喧噪の坩堝になっている中心部に足を踏み入れていった。




 Happy Halloween 2005 





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