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Act.2

 残された高松は、こういうこともあるかもしれないと持参していた本を取り出し、時計と交互にそれを見ていたが、あちこち移動していた声が次第に近付いてきているのに気づいて顔を上げた。
 二人の子供が高松に向って走り寄ろうとしていた。
 その後ろをハーレムがちょっと疲れた足取りで着いてきていたが、彼は突然立ち止まり方向をかえる。暫くして木陰にたどり着いた彼はポケットからタバコを出した。
 子供の前では絶対に禁煙と言い渡していたのを律儀に守っていたのだろうと思うと、高松はこちらに呼ぶのをやめた。
 さすがのハーレムも休息が必要だ。


「たかまつー」
 先についたのはグンマだった。
 高松は膝の上に飛び乗ってきたグンマを抱き上げる。
 顔は日焼けで真っ赤になり、汗まみれだった。
「楽しかったですか?」
「うん。ものすごーく」
 グンマの真っ赤になった顔に吹き出ている汗を拭っていると、次第に腕の中のグンマが重くなっていく。
 よく考えたら習慣になっている昼寝の時間はとっくにすぎていた。
「グンマ様、グンマ様。おねむですか?」
「ん…ボクもうクタクタ」
 それだけ言うとグンマは完全に目を閉じてしまう。
 
 グンマがコトンと寝てしまった頃、ようやくシンタローが高松の元へたどり着いた。 最初に見たときにはグンマのちょっと前を行っていたシンタローだったが、もう一人の叔父がいないのに気づき探していたらしい。
 彼はサービスがどこにもいないのが分かると、グンマを抱いている高松の元へとぼとぼと力なく歩いてきた。
「ドクター、おじさんは?」
「サービスは用があるといって先に帰りましたよ」
 シンタローの小さな肩が落ちる。
 彼は高松の横に腰掛けると、膝の上で寝てしまったグンマを心配そうに覗き込んだ。
「グンマはどうしたの?」
「疲れたんでしょうかねぇ。今日は沢山遊びましたから」
「グンマを起こしてよ。ぼく、まだ遊びたいんだ」
「それはできませんよ。今日はもうこの辺でやめとかないと明日グンマ様はお熱がでてしまいます」
「ぼく、もっとグンマと遊びたい」
 ベンチの上で足をブラブラさせながらそういったが、起こすわけにはいかない高松は精一杯説明した。
「そうはいっても…グンマ様はもうぐっすりと寝てしまって…」
 シンタローの頭が下を向く。
 大粒の涙がぽたりぽたりと膝小僧の上に落ちていき、そうするうちに肩が大きく震え始め、ついにシンタローは声を上げて泣き始めた。
 
 大人の事情を説明しても分かるはずがない。
 それでもシンタローは彼なりに堪えていたのだろうが、父に続いて叔父もいなくなったことでそれまで我慢していたものが切れてしまったのだろう。
 かといってどう慰めたらよいいものか…と高松が考えていたところ、シンタローの悲鳴が上がった。
「ピーピーうるせぇぞ」
 ベンチの後ろからシンタローの襟首を掴んでいるのは、さっきまで子守を命じられていたナマハゲこと叔父その1。
「あんたまだいたんですか」
「ちょとトイレに行ってただけだ。金も借りてねぇのに帰るかよ。オイ、シンタロー何泣いてんだ」
「離せ、ナマハゲ!泣いてなんかないよっ!」
「ウソつけ、その泣きっ面は何だ、あん?」
「泣いてなんかなーい」
 二人の騒動に高松の腕の中のグンマが身じろぎをし、目を覚ました。
「あれぇ?何してんのシンちゃんと叔父様」
 グンマの一言でシンタローの襟首を掴んでいたハーレムの手が外された。
「グンマ様おきたのですか?」
「グンマーもっと遊ぼうよー」
「…ん…もうボク疲れたの…」
「えー!」
 グンマの目が再びとろーんとしはじめたかと思うと、また閉じられてしまった。
 シンタローはグンマを起こそうと体をゆすり始めたが…
「やめろって。せっかく寝てんだからよ」
 ハーレムにとめられてしまう。
「…だって……。グンマこのままドクターと帰るんだろ?そしたらぼく…」
 一日遊んであげるから、と言っていた父も招待した叔父もいなくなった今、グンマが帰ったら…ひとりぼっちで残されてしまう。
 シンタローはそれがイヤで駄々をこねていたのだ。

「しょうがねぇなあ、ホレ」
 ハーレムの手がシンタローの両脇を掴んだかと思うと、シンタローの体はふわりと浮き上がった。
「抱っこしてつれて帰ってやるからピーピー泣くな」
 連れて帰るというのにシンタローの泣きべそは止まったが…
「いやだ、抱っこはいやだっ」
 ハーレムの腕の中でジタバタと暴れ始める。
「じゃあ歩け」
 だが、下ろされたシンタローはふくれっつらを作って叔父を見上げ…
「ボクもう疲れた。もう一歩も歩けない」
 さっきまで遊ぼう遊ぼう言っていたのを棚にあげて、歩くのを拒否する。
「このお調子モンが。じゃーどうすりゃいいんだよ」
 シンタローは叔父の顔を見ながら暫く考えた後、顔を輝かせて
「肩ぐるま!」
 と答えた。
 やれやれ、とばかりにハーレムはかがみこみ、シンタローは広い背中にのぼり始める。
「おんぶじゃだめなのかよ」
「この尻尾が邪魔なんだもん」
 生意気にもくくっている髪をひっぱる甥っ子に文句いいながら、ハーレムはシンタローが肩に乗ったのを確かめると立ち上がった。
「しっかり掴まってねぇとしらねぇからな」
「分かったよ、ナマハゲ」
「振り落とすぞ」
 
 二人の準備が整ったので高松もグンマを抱いたまま立ち上がり、ベンチに繋いでいた犬の綱を取った。

 シンタローとハーレムの叔父甥コンビは、出口にたどり着くまで他愛のないことをずーっとしゃべっていた。
 それに時折笑いをかみ殺しながら聞き入っていた高松が、ゲートをくぐる前に…
「アンタ、案外子守に向いてますよ。同じレベルなのがいいのかもしれませんね」
 というと、ハーレムはやりかえす。
「うるせぇ。おめーこそすっかりと保父業が身についてるじゃねーか。いっそのことそっちを本業にしちまいな。
 病院にいるよりもずーっと人畜無害で助かるぜ」
「ドクターほふぎょうってなぁに?じんちくむがいって?」
「もう〜!アンタその調子でうちのグンマ様にヘンな言葉覚えさせないでくださいよっ」
「うちって…おま…」
 言い返せないハーレムをおいて高松はさっさとゲートをくぐってしまう。

 彼に遅れてゲートをくぐると、シンタローはハーレムの肩から降り、駐車場に向う高松から犬の手綱をもらった。
「…グンマ…バイバイ」
 眠っているグンマに遠慮して小声でそういったところに、物々しい防弾ガラスを施した黒塗りの車が到着した。

 シンタローはハーレムと二人で乗り込み、もう一度窓から手を振る。
 去っていく車の後姿を見送り高松は自分の車へと向う。

 本来ならこの日の主役はグンマだったのだ。
 大量のプレゼント、父の愛、叔父の愛…。
 後数日後にやってくるグンマの『誕生日』にはどれだけのものが集まるのだろうか、と思いが及び慌てて首を振る。
 持ってはいけない感傷だった。

 車のキーを開けたとき、腕の中のグンマが目を覚ました。
「ん…高松もうおうち?」
「いいえ、まだランドですよ」
 後部座席にグンマを乗せ毛布をかけてやり、高松は運転席に回った。
「今日は楽しかったねー、たかまつー」
「そうですね。グンマ様の誕生日にもどこかいきましょうか?」
 グンマは暫く考えていたが、高松の席に身を乗り出してきて言った。
「どこにもいかなくてもいいよー。高松がマジック伯父様みたいに途中でどっかに行っちゃうと寂しいもん…」
 シンちゃんかわいそうだった、と小さくいったグンマに高松はどきりとさせられた。 グンマは沢山の贈り物を父からもらえるシンタローを羨ましがるのではなく、父がいても一緒にお祝いもできないことに同情している。
 高松は先ほど浮かんだ考えと自分を恥じた。
「……そうですか」
「だからおうちで高松がお祝いしてくれるほうがずーっといい」
「じゃあ、今日のお礼にシンタローくんも呼びましょうか」
「うん、そうして!うれしいなーボクのお誕生日にシンちゃんがきてくれるんだー!」
 嬉しさでさらに身を乗り出したグンマに、危ないから座っていてください、と高松は頼んだ。
 グンマは素直に後部座席に座ると、再び寝入ってしまった。
 さっきまで自分が気に病んでいたことが馬鹿馬鹿しくなってきた。
 ささやかなお祝いしかできない自分でも、一緒にいれるのが一番いいと言ってくれるのだから。
 どうせならハーレムも呼ぼう。サービスも見つけたら、世界の果てからでも呼びつけてやる。
 グンマには寂しい思いなど絶対にさせてなるものか。
 それがマジックにはできなくて自分にはできることだというなら…。

「楽しみにしていてくださいね、グンマ様」
 その呼びかけに対して、偶然なのかもしれないが、後部座席のグンマから聞こえてきた微かな「うん…」という返事に高松は顔を綻ばせた。


  







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