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正しいおやすみなさいの仕方 act. 1



 年に似合わないどこか疲れた表情をしている甥っ子に不安を感じ声をかけてみたら、『夜眠れない』という。
 オイオイ、その年で不眠症かよ、お勉強のしすぎだろ?と言ったら、キンタローはどこか泣き出しそうな顔をし、ハーレムに背を向けた。
『まだまだこれでも足りないんだ。オレの中の空白を埋めるには一日が100時間あっても足りないくらいなんだ』


「てなことをアイツが言ってたんだぜ」
 アポもなく押しかけてきた相手にお茶を出しながら高松は次を促した。
 本来ならこの男は、来たらさっさと追い出してしまいたいリストのトップに位置しているのだが、『キンタローのことで話がある』と言われたら拒むわけにはいかない。
「何あんなにあせって思いつめてなきゃいけないんだ?お勉強がキライなら研究室でなくて軍所属でもいーじゃねぇかよ」
「キンタロー様がお勉強キライだなんて失礼きわまりませんよ。アンタじゃあるまいし」
「オイッ!まあいい…親がそうだったからって学者にならなきゃなんねぇって分けじゃねぇだろ?」
「研究室に入るのも、大学に進むのもキンタロー様自身が決められたことなんですよ。でもそんなに悩まれているのなら…やはり一度話を聞いてみないといけませんかねぇ」
「だろ?」

 高松が二杯目のお茶を注ごうと急須に手をかけたときだった。
 内線がなり、慌しくでた高松は、相手と短いやりとりをした後、ハーレムに言った。
「もう少し話を聞きたかったんですけどね。患者があと30分で着くので」
 ハーレムは、
「あぁ…ジャマして悪かったな」
 と言い席を立ち、高松は棚から何か出すと、ちゃっかりとお茶請けの菓子を持ち帰ろうとするハーレムに渡した。
「なんだこりゃ?」
「軽い導眠剤です。本当なら私自身がキンタロー様を直接診察して差し上げたいのですが、今から来る患者のオペは八時間以上かかりそうなんで。ついでに言付けてくれませんか?」
「…なんかアヤシイなぁ…」
 手渡された袋に入っている薄い水色と白のカプセルを掌に取り出してみながらハーレムは呟く。
「明日様子を見に伺いますからって伝えておいてくださいよ。とやかくあれこれいっているヒマはないのでこれで」

 高松は足早に部屋から出て行った。


 それからハーレムはというと、次の作戦のことで呼び出しが入り、そのまま作戦本部に直行し、キンタローのところへことづけを持っていけたのは夜の11時を回ったところだった。

 キンタローの私室には灯りがついていた。
 どうせなら酒でも飲んでりゃいいのに、と思いつつノックの後、返事も待たずにドアを開けると、案の定甥っ子はなにやらパソコンに向っていた。


「叔父貴」
 いきなり開いたドアから入ってきてソファにドカンと座った叔父に向き直ったキンタローは、昼間あったときよりさらにくたびれた顔をしていた。
「よい子はもう寝る時間だぞ」
「これが終わったら……」
 PCの横には付箋があちこちからはみ出している分厚い本が数冊積み上げられ、ちらりと見えたモニターに映るのは沢山の数式とグラフ。
「どれくらいで終わるんだ?」
「多分、二時間もあれば」
 ハーレムは思いっきり露骨に渋面を作った。
「あほかっ!寝る時間だってのが聞こえなかったのかよ」
「誰がそんなこと決めた!」
「オレだ」
 何のためらいもなく言う叔父を唖然とした顔でキンタローは見た。
 口をついてでそうになったことがある。
 だが、それをわざわざ心配してきてくれている叔父に投げつけるわけにはいかない。それくらいは分かる年なのだから…。

 ハーレムもキンタローが奥に封じ込めたものが何かをあえては問わず、ゆっくりと言い聞かせるように話し始めた。
「あのな、キンタロー。寝る間を惜しんでにも限度ってのがあるぞ?うちの連中がそんな顔色で眠れない眠れないって言ってたらオレは殴ってでも眠らせる。睡眠不足で集中力も体力も判断力もなくなったヤツは使えねぇし、それにこっちも命取りだ」
 全くもって正論だ。研究と戦線という違いはあっても、基本となるところは同じだ。
 それにいつもと変わらない口調ではあるが、心配しているのだということも分かる。
「…分かっている。だがベッドに入っても眠れなくて、結局起き出してしまうんだ」
 キンタローの顔がちょっと悲しげに歪んだ。
 自分のしたいこと、するべきことと理解しているがそれがつながらないもどかしさに苛立ち憔悴している。
「で、結局お勉強にもどるのか?いーか、おめぇが今一番にやらなきゃいけないことは、勉強じゃねぇ」
「…どうしたらいいんだ?」
 そう念をおされたキンタローは途方にくれたような顔で叔父を見た。
「素直に風呂に入って、おやすみなさいすりゃいいんだ。寝るのに理屈もへったくれもねえ」
「シャワーなら帰ってすぐに浴びた」
「シャワーだけじゃ疲れはとれねぇよ。バスタブにたっぷりのお湯を張って入れ」
 キンタローはどこか納得できないという顔つきで立つと、バスルームへと向った。


  







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