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皐月の空に


 ガンマ団本部の中庭の一角で、甲高い子供の声が響いていた。
 通りかかったものは怪訝そうな顔でその一角を見るが、誰がそこにいるのかが分かると納得した顔つきで、彼らのジャマをしないようにそっと立ち去っていく。

 それでもそのうちの何人は足を止めて、彼らがしている作業を物珍しそうに見ていた。


「おにーちゃん、はやくー」
「そうはいってもな、コタロー。ちゃんと結んでおかないと風で飛んでいってしまうんだぞ」
 最近立てられたポールの下で総帥ことシンタローがロープに結んでいるのは、こいのぼりだった。
 絡まらないように尻尾の方を捕まえているグンマまでもが
「シンちゃん、まだなの〜?」
 と言ってきたのをシンタローは眉間にしわ寄せて横目でにらんだ。
「グンマおまえまでせかすんじゃねーよ。ちゃんと結んでおかないと…風で飛んでいったりしてこれを無くしたら日本からまた取り寄せるのは大変だなんだぜ」
「あはは、ごめーん。でも早くみたいよねーコタローちゃん」
「うん、ボクも早くみたい!」
 コタローにまで言われたら逆らえないのを分かっていて同意を求めるグンマに、苦笑しながらシンタローは作業に集中しはじめた。

「進んでいるか?」
「キンちゃん」
「キンタローおにいちゃん」
「おせーよ、キンタロー」
 遅れて駆けつけたキンタローに三人から三様の答えが返ってくる。
「遅れてすまない…何か手伝えることがあれば手伝うが」
「手伝って〜。もうシンちゃん不器用でさぁ〜」
「うるせーぞ、グンマ」
「もう〜ケンカするヒマがあったら早くしてよね」
 コタローとグンマに畳み掛けられ、またもや立場がまずくなったシンタローはもはやそれ以上の反論はやめて作業を続けることにした。

「この色はどこに結ぶんだ?」
 緑色のちょっと小ぶりなこいのぼりを手にしたキンタローが尋ねた。
「次に結ぶ青の隣…一番下だ」
 シンタローが今結んでいるのは三つ目の大きな黒い鯉で、そして、後一つ青い小ぶりなこいのぼりが残っている。
「分かった」
 キンタローが緑の鯉を一旦置き、青を取り上げたとき、コタローがシンタローの服のすそをひっぱった。
「どうした、コタロー」
 コタローは申し訳なさそうな顔で兄を見上げ、少しためらった後…
「おにいちゃん、やっぱり一番上の黒い鯉の次にそれで、その後に青い鯉にしたいんだけど…」
 といった。
「どうしてだ?」
「だって…パプワくんはおにーちゃんとぼくの友達でしょ?だったらボクだけの隣って不公平じゃん」
 ああそれでこの緑色のこいのぼりなのか、と兄と従兄は顔を見合わせた。

 今年の端午の節句には、みんなのこいのぼりを揚げようよ〜と言ったのはグンマだった。

 そういえば幼いころは、父が母から教わったといってこいのぼりを揚げてくれたっけ…とシンタローも思い出した。
 本来ならそのこいのぼりはグンマのものだったし、キンタローは祝ってくれる父も母もいない。そして…コタローはというと、話にきけば、パプワ島で「男児祭」というお祝いをしてもらったということだったが、当然ながら自分は完全に蚊帳の外だった。
 それにコタローの端午の節句を初めて祝った身内があの叔父だという対抗心も働いて、
「コタローちゃんが眼を覚ましたんだから、今年はこいのぼりを揚げてお祝いしようね」
 というグンマに二つ返事でシンタローは決めた。

 そして、そのことを告げられたコタローは、どうしても五つほしい、といい、カタログにあった緑色を真っ先に指差した。

 
 健やかに育ってほしい、元気でいてほしいと思う気持ちはあの子供に対しても同じだ。
 

 
 シンタローはコタローの黄金色の頭に手をやり、にっこりと笑った。
「いいよ。コタロー。オレとおまえの間にアイツを入れような」
「ありがとう、おにいちゃん!」
 すまなさそうにしていたコタローの顔が一瞬にしてほころび、それにつられて兄たちも笑顔を浮かべる。

「そうと決まればさっさとやっちまおうぜ。コタローおまえはこっちを押さえてくれ。グンマはキンタローを手伝ってくれ」
 シンタローは二番目の鯉のヒモをもう一度ときにかかった。
「うん、分かった」
「オッケー、シンちゃん」

 みんなで力をあわせたおかげで、こいのぼりはあれよあれよという間にロープにくくられた。
「さあてと…揚げるぞ」
「うん」
 シンタローとコタローが二人でロープを引いていくと、カラカラという滑車の音と共に五つの鯉が上っていく。

「これでよし」
 シンタローがロープを固定したとき、タイミングよく海からの風が吹き上げてきて、風を孕んだ五つの鯉は力強く泳ぎ始めた。



 
 忙しい兄と従兄は、鯉のぼりが無事に泳ぎだしたのを確認すると、それぞれの仕事に戻っていった。

 だが、コタローは一人残されても特に寂しいとも残念だとも思わなかった。
 青い空にはためく鯉を眺めるのは不思議と飽きなかった。

 それからどれ位の時間が経っただろうか…。
 不意に名を呼ばれて声のした方を見ると、父が立っていた。
 
「無事に立ったようだね」
 コタローは父に鯉のぼりを立てる時のことを身振り手振りを交えて話し始めた。
 鯉の結ぶ位置のバランスがおかしくて何度も結びなおしたこと。
 結んでいる途中で風が吹いて尻尾があっちにいってこっちにいってして絡まりそうだったと。
 父は穏やかな笑みを浮かべてコタローの話に耳を傾けていた。
 そして、ひとしきり話終わったコタローは、父をじっと見上げた。
「ん?どうしたんだ?」
「あのね、お父さん」
「なんだい?」
「肩に載せて」
 高いところで見たいんだ、とコタローが言うと、マジックは頷き身をかがめ、コタローは大きな肩に腰を下ろす。
 一瞬視界が揺れたかと思うと、視線が一気に高くなった。

「すごーい」
 コタローは空に向って手を伸ばした。鯉を捕ろうとしているかのようなしぐさにも見えたが、空がどれだけ近くなったか図って確かめているようにも見えた。
「すごく高いよ、父さん」
 肩に乗せてやる年頃はもう過ぎたと思っていた息子の見せたあどけない仕草に父の手に力が篭る。
「あのもう一つの鯉はあの子の分だって?」
「そう」
 父の問いにコタローは答えた。
「パプワ君にもずーっとずーっと元気でいてもらいたいから」


 この空が彼のいる空に続いていないのは分かっているけど…だけどこのみんなの思いはきっと伝わるとおもう、と、どこまでも晴れ渡る空をもう一度見上げたコタローは思った。



20050924 加筆・修正





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