□□□
□□





Re-start



「…ということで原隊の復帰許可お願いします」
「却下。戦死して墓まである人間に復帰もへったくれもねえ。
それにおまえのいた部隊はとっくの昔になくなってる」
 大体何年前の話だっつうんだ、とシンタローは差し出された書類をビリビリと破った。
 だが、ジャンは別に傷ついた風も、怒った様子も見せずに…
「では…」
 それに腐ることなく、もう一通の封筒をシンタローに差し出した。
 封を開けてみると…今度は高松の推薦状だった。
「てめぇら何考えてるんだ!」
 推薦状をデスクに叩きつけ、手元の内線で高松のラボに連絡をとり、自ら問いただすと…
 『あの男は何かとてつもなくおもしろいことをするつもりらしいですよ。
 置いといても損はないでしょう』
 と取り付く島もない。いくら新総帥になったからといって、高松に口で適うようになれるというわけではないのだ。まったく、一回死に掛けたというから少しは変わったかと思えば…とぼやきたくもなる。

「別に復帰でなくてもいいですよ。ただここにいるのを黙認してくれれば」
 いけしゃあしゃあと笑顔で言ったジャンにシンタローは苦々しげな視線を投げかけた。
 不意の叔父サービスの連絡の後、総帥室のドアの向こうから現れたジャンを見たとき、シンタローは腰が抜けるかと思った。
 驚きのあまり眼をしばたかせている彼の目の前でジャンは「原隊復帰願」を出した。
 おまけにドクター高松の推薦状まで持ってきていた。さすが年の功…自分の思考も行動パターンも全て見通されて、あの二人が準備していたってことだ。
 高松だけだったら却下することもできたが、叔父自らが口利きをしてきた。
 それに…叔父が初めて自分を頼ってきた。
 できることなら叶えてやりたい。それがたとえこの男のことだとしても。 

「ガンマ団の利益になることに粉骨砕身して尽くせ。
ジャマはするな。それが守れるならいてもいい。守れなかったら容赦はしねぇ」
「了解いたしました。以後よろしく、新総帥」
 昔取った杵柄とやらで、20数年ぶりにしては非の打ち所のない敬礼をジャンはシンタローにする。
 最大の難関を越えたところで、緊張感の緩んだジャンは、未だに機嫌の直っていないシンタローを見て肩をすくめた。
「目の上のたんこぶが増えたって顔してるな」
「うっせぇ。てめぇの番人稼業はどうしたんだよ。それともまた青の一族の見張りか?」
「番人稼業はおしまい。今のオレはただのジャン」
 え?
 驚いた。ドアの向こうからこの男が顔を出したときよりもずっと驚いた。
「パプワは…パプワ島はどうしたんだ!」
 二人の間にあったデスクから身を乗り出し自分と同じ顔をした男の襟首を掴む。
 ことによってはタダではおかない、という気迫もこめて。
「心配しなくてもちゃんと後釜はいる…リキッドが新しい番人になって…オレを送り届けた後……っ」
 突然耳に入ってきた特戦部隊の行方不明者の名前に、シンタローの手から力が抜け、ジャンは呼吸ができなくなるところまで締め上げられる前に開放された。
「送り届けたってどういうことだ」
 ジャンは息を整え続きを告げる。
「いくらなんでもアメリカ東海岸から泳いできたわけじゃ…ってオイ!」
 ジャンの言葉が終わる前にシンタローは外に向かって駆け出していた。



 屋上の見晴らしの一番よい場所。
 ジャンがサービスと高松に再会した場所は、雲ひとつない晴天のおかげで、あの島ほどではないにしてもどこまでも続く青い海と青い空が見渡せた。
だが、シンタローが求めていたものはどこにもなかった。
あったのはのどかに広がる波一つない海と…のんびりと飛び交うカモメたちだけ。
「…来てたなんて…知らなかった」
「ガンマ団に横付けしていくバカがいるか」
 もしかしてまだ何か見えるのではないかと目で必死に探すシンタローにジャンは申し訳なさそうに言う。
「…もう二日前の話だ」






 赤の一族を守るという目的で『造られた』ジャンと違い、親から生まれ育まれてきた青年が、果たして耐えることができるのだうか。
 リキッドが『番人になる』と言い出して以来、ジャンも秘石たちも何度も説得し、問答し、その度に意外と頑固な若者の意思を覆すのに失敗した。
『オレはもう一人前っす。二十歳っすよ』
 気の遠くなるほど長い時間を生きてきた自分にとっては瞬きほどの時間を盾にとってリキッドは主張する。
『オレ…知ってるんすよ。ジャンさん…あんたがどんなに………恋焦れているか』
『このままだとあんたには永遠にチャンスはないっす。
 あんたの気持ちを伝えることもできないし…あんたが償いたいと思っていることもやりたいこともぜーんぶ………』
 そのまま心の中に閉じ込めておきたかったことも…記憶の底に沈めてしまいたかったことも全部わしづかみにして突きつけてくる若者。
「黙ってろ。おまえに何が分かる」
『分からないわけがないでしょ…オレはあんたのせいで全てを見届けてしまったんだから』
 ジャンに体を借りられてしまったリキッドは気が遠くなるほど昔から生き続けてきた男の記憶も…感情も…運命も知ってしまった。

 おびただしい量の情報が滝つぼに流れ落ちる激流のような勢いで流れ込んでくる恐怖、混乱…泣き叫び、戻してくれ、それでなきゃどっかに連れて行ってくれ、と懇願したがこの男は無情にも突き放して自分の目的に突っ走っていった。


 そして…。
 知ってしまった。
 青の一族の出した悲しい結果と結末と…決意を。



『…見て知ってしまったからにはもう後には引けないんス……』
 自分はこの過酷な運命を持った一族と島を見守って生きたい。
「ガンマ団に戻らなくても他に生き方はある。何も赤の番人にならなくてもいいんだ」
『オレは戻りたいンじゃないんス。
行きたい場所に行きたい…自分が見つけた仕事をしたいって言っているだけなんスよ』





 両の眼から零れ落ちる涙をぬぐおうともせず、リキッドはずっと甲板に立っていた。
 ずっとずっと…自分の生まれた国が見えなくなるまで。
 見えなくなっても…その大陸のある方向を…ずっとずっと。
 
 一人でいたいのが分かっているから誰一人リキッドの側にはいかなかった。
 やがて陽が落ちて、一気に闇に包まれた頃、ようやくジャンは甲板に出た。
 親には二度と会えない、もう国にも戻れない…あるのは永の年月…というのを重々言い聞かせていたのに…やはり辛かったのかと…。
「いいのか?」
 今ならまだ…引き返せる、という言葉が口をつきかけたが…。
 リキッドは満面の笑みを浮かべ、泣きたいのか笑いたいのか判断しがたい顔で自分を見上げた。
「はいッ」
「返事だけはいいな」
「…どっかの獅子舞のオッサンと同じこと言わないでくださいよ」
「ハーレムか…うーん…サービスにあうことは考えていたが、そういやアイツがいたな…」
「アンタの苦手は隊長っすか…大丈夫。
 オレが『ナマハゲの傾向と対策』をガンマ団につくまでに教えてやるっす」
 自分がまともに対策できなかったことを棚に上げて、新人の番人は偉そうにいった。
「おまえに教えてもらうことなんかない!」
「でもあんたガンマ団と戦場とあの島のことくらいしか知らないでしょ?」
 教えてあげますよ。
 青の秘石や赤の秘石が見放した世界にも…まだ希望があるってことを。
 生み出した人間たちのおろかな行いだけでなくて素晴らしいところも。
 夢と魔法の国のこととかね。




 遠くにそびえ立つ青の象徴…天を突いて伸びている尖塔。
 リキッドは戻らないと決めた場所…そしてジャンが再び降り立つことを決意した場所は、上ったばかりの朝日を浴びて輝いていた。
「じゃあ…元気で」
「おまえもな」
 リキッドは差し出された右手を痛いほどに握り返し、そしてゆっくりと離した。
 一度も振り返ることなく去っていくジャンに…答えがないと知りながらも何度も手を振ってやがて姿が見えなくなったとき…。
 空の向こうに一つの光が出現した。
 硬質のジェラルミンが描く優美なシルエットと船体に描かれた大きなマークがゆっくり視界に入ってきて、自分たちが向かう方向とは反対側…ジャンを送り届けた場所に向かっていく。
「…あ…」
 もう泣くまいと思っていたのにまた涙が溢れてしまう。
 あの人たちに流す涙はないだろうと思っていたのに、不思議と止まらなくて…。
 またもやリキッドはゆっくりと離れていく陸地が見えなくなるまでたった一人で甲板にいることになった。
 





 今度こそ…彼らは誰にもたどり着けない場所を目指して旅立ったよ、というジャンの言葉にシンタローは屋上のフェンスを握り締めうつむいた。
「今更見送っても仕方あるまい」
「確かにな…」
 もう別れを悲しむ時期ではないのだ。
 

「わかんねぇな……。なんだってアイツは…」 
 好き好んで『番人』なんかになったんだ…とシンタローははき捨てた。 
 シンタローにとってリキッドというと、叔父の一人ハーレムのところにいた年若い隊員、という位しか印象に残っていない。
 それとあの島から帰還したとき、唯一の行方不明者としてリストに上がったことくらいだった。

「行きたい場所に行きたい…自分が見つけたやりたいことをしたいだけだ、って言っていたよ」
「それだけの理由?」
「そう」

 あまりにも抽象的で本人以外にはまるで分からないが、何故か納得できた。
 道が厳しいと分かっていても進みたい気持ちは自分も彼も一緒なのだと。


 海の向こうに消えていった船が残したものと思いを潮風が運んでくる。
 不意に吹き上げてきた強風が、シンタローとジャンの相違の最たるものである彼の長い髪を巻き上げた。
 乱れた髪を押さえ視界が元にもどった時、自分の横にはジャンの姿はなかった。
 ジャンはすでに屋上の入り口の方に小走りで向かっており、そこには叔父とその友の姿があった。









□□
□□□