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遠くへ行った君へ・・・



この作品には性的描写はありませんが、カップリング要素が含まれております。
苦手な方は閲覧をご遠慮ください。

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 声にならないため息を吐き出し、もう一度白いシーツの上で寝返りを打った。

「もういい加減諦めたら?」
 先にベッドから出てローブを羽織ったサービスは、ジャンに向かって突き放すように言う。
「でもなぁ…」
「そんなにハーレムに会いたくないんだ」
 ジャンは、イタズラっぽく覗き込む顔を抱き寄せ、強引に唇を奪う。
 サービスは戸惑った様子もなく、ジャンの様子を伺っている。
 触れるだけで、互いに眼を開いたままのキス。
 陶酔や愛撫というものよりも、今必要なのは互いの出方を伺うことだった。

 そっと離れたサービスの揺れた黄金の髪の下から…かすかに古い傷跡が覗いた。
 
 この傷の原因となった自分をハーレムは許さないと言っていたというが…。

「そうやってグズグズしている間にもハーレムの飛行船はこっちに向かっているよ」
 どうする?
 質問の形をとってはいるが、選択肢は一つしかない。
「…会うしかないのか」
 この期に及んでも消極的なジャンに、サービスはただ微笑で返すばかりだった。



  ジャンがガンマ団の中に居場所を持つことを許された時、サービスからこれだけはしてくれ、と頼まれたことがあった。

 ジャンが肉体を借りたハーレムの部下のその後を、ジャンの口からハーレムに告げること。


 ジャンがガンマ団本部でサービスと再会を果たした時ハーレムも本部にいたが、ちょっとの差ですれ違いになったらしい。
 以来、二人は感動の対面にしろここであったが百年目にしろ、再会を果たせず、二ヶ月が経とうとしていた。

「ハーレムはジャンの口からききたいだろうし」
「オレの命がアブナイんだけど」
 顔を見るなり最大レベルの眼魔砲をぶっぱなしてきた相手だ。
「それで殺されるようなタマだとは思っていないから」
 そう言われて嬉しいのか嬉しくないのか…複雑な気持ちでジャンはベッドから降りた。


 

 
 ジャンがドッグの入り口をくぐったとき、飛行船からハーレムを先頭に特戦部隊が降り立ったところだった。
 最初にジャンに気づいたのは、金髪の部下。 
 一瞬で三人の部下の間に緊張が走ったのが遠目にも分り、何かドックの責任者らしい人物と打ち合わせをしていたハーレムに、東洋人の部下がそっと耳打ちしたのが見えた。

 ジャンがガンマ団に『戻った』ことは知らされているはずだった。
 彼がジャンの顔を見たときに、驚きよりも露骨に嫌そうな顔をしたところから、ジャンはそれを確信した。まあ…顔を見るなり眼魔砲よりはよかったが。
 
「久しぶりだな」
 後ろに部下を従え歩いてくるハーレムの前に立った時、さすがに横をすり抜けていくことはしなかった。
 まっすぐに対峙したハーレムの眼は『用件があるなら早く言え』とあからさまに言っている。

「まあそう邪険にしなさんな。オレはおまえさんに対する義務を果たしにきただけなんだから」
 リキッドのことだ、と言った瞬間、ハーレムの左の眼に燃え立つような青白い光が宿った。
「アイツのことはもうとっくに知っている。てめぇが、ここに来る為に役目押し付けてったってな。そんなことなら首根っこ押さえてでもてめぇごとこっちに連れて帰るんだっだせ」

 ジャン一個への恨みにも聞こえるハーレムの言葉は、赤と青の一族の運命に抗えずにいた彼自身への責めにも聞こえた。

 やはり双子というべきなのだろうか。サービスにはそれが分かっていたらしく、
『ジャンの代わりに番人になった彼に敬意を表するなら…そのことはジャンの口からハーレムに告げなければならないよ』と彼は言った
 ハーレムには彼の決意とそこにいたるまでの成長を受け止めてもらいたいのだと。


 兄を裏切り、幼子から実の親からの愛を奪ってまで果たした復讐の滑稽で空しい結果。
『何もかもが指の間をすり抜けていくというのを初めて知ったよ。いや、知っているつもりだったが…そんな生易しいものではなかった』
 悔やんでも悔やみきれない、己を呪っても飽き足らず、どうしたらよいのか迷い続けた結果、戦場に身を投じた次兄の気持ちが分かるような気がした。
 だが、兄とは違い、自分は尚も残ってここにいる。
『あんな気持ちは…もう誰にも味わってもらいたくはない』
 それが受けなくてもいい憎しみを負い続けて尚、愛することをやめなかった双子の兄の贖罪であるというなら…。

「オレのことを許して貰えるとは思ってもいないし、許してもらえなくても構わない。
 だけど…これだけはオレの口から言っておかなければならないんだ。アイツは決して一時的な感情に流されたり、逃げたんじゃないってことを」
 ハーレムはジャンから眼をそらさず、ジャンもまたまっすぐにハーレムを見ていた。
 ドックにいるスタッフたちの恐怖が痛いほどに伝わってくる。
 そしてハーレムの後ろに控えている部下たちも、何か不穏な動きをしようものなら…と言わんばかりの鋭い目でにらみつけていた。
 沈黙を破ったのはハーレムだった。
「アイツが自分からやりたいって言ったのか?」
「ああそうだ」
 ハーレムの左の眼の光が次第に和らいでいく。
 そして、身構えていた三人の部下の緊張も緩んだ。
 ハーレムはタバコを取り出し、火をつける。そしてタバコを口にしたまま、暫くどこかを見つめていた。
 そして、大きなため息をついて紫煙を吐き出すと…苦笑とも皮肉ともとれない笑いを浮かべて呟いた。
「ガキが…一丁前によぉ…」
 三人の部下も、どこか安堵したような笑みを浮かべ互いを見合わせた。

 これで自分の義務は果たしたと、ジャンが立ち去ろうとした時、ハーレムが声を掛けた。
「それはそうとリキッドからおみやげもらってんだろ?」
「え?」
 えーと…特にヤツは…とジャンが考えをめぐらせ始めたところ…。
「よこせ」
 ハーレムの手が彼の両頬にかけられ、ギョッとする間もなくハーレムの顔が近付いてきた。






 部屋中にサービスの笑う声が響き渡っていた。
 彼にしては珍しく、体を折り曲げてしまいそうなくらいに大笑いしていた。

「そんなに笑わないでくれよ」
 ジャンはソファのクッションを抱きかかえ不貞腐れている。
「だって…」
「オレはいい災難だったんだ」

 唖然とするジャンから離れたハーレムは『おみやげのキス確かにもらったぜ』、といい彼を解放した。
 ジャンから離れていくハーレムにそんなもの言付かってないっ!という反論をする間もなく、 後ろから肩を叩かれて振り向いたら、そこにはハーレムの金髪の部下がにやにやしながら立っていた。
「オレにもリキッドボーヤからのおみやげのキスを…」
 
 悲鳴を上げる間もなく次々と特戦部隊に背骨を折らんばかりに抱きしめられキスをされるジャンに、飛行船のドッグ内にいる整備スタッフは見てはならないものを見てしまったと、思った。
 最後に、無言といかつい表情のまま真顔で迫ってきたドイツ人から開放されたジャンは頭の中が真っ白になっており、ようやく我に返った時には、四人は笑いながらドックから出て行くところだった。
「あの…金髪のヤツ」
「ロッドかい?」
「ソイツなんか舌まで入れて来たんだぜっ」
 泣き出しそうな顔とまではいかないが、情けない顔つきで訴えるジャンを見て、サービスはまた笑い続け、ひとしきり笑った後、サービスはジャンの名を呼んだ。
 ジャンはろくに返事も返さななかったが、頬にサービスの形のよいしなやかな指が触れたのに驚き、改めて彼の方を見上げた。
「ありがとう…」
 そう唇が動いたかと思うと、ジャンの唇はサービスのそれにふさがれ、二人の間に挟まっていたクッションが、罰が悪そうに絨毯の上に転がって落ちた。










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