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Special Holiday


珍しく週末と重なった特戦部隊の休養期間。


 うきうきと浮かれているのが体中からにじみ出ているイタリア人は、共有スペースのソファで深刻な顔をして雑誌に見入っているヤンキーボウヤを見つけた。

「なぁに深刻な顔してんのぉ〜リキッドちゃん。デートの相手が見つからなかったのかなぁ?」
 なれなれしくも後ろから肩に手を乗せて、リキッドの手にしている雑誌を覗き込んだロッドは………その雑誌が彼らの上司のシュミ…すなわち競馬雑誌であることに気づいた。
 よく見れば横に積まれているのは競馬新聞…。
 テーブルにあるのは競馬雑誌。
「なになに?リキッドちゃん、ついに競馬場に連れて行かれるのかよ?」
 連れて行かれたら最後、財布はもちろんのこと、タバコだ酒だつまみ買ってこい(当然自分出し)とこき使われる。レースの後の八つあたりも漏れなくついてくる。
 運がわるければ一文無しで歩いてガンマ団日本支部に帰らなきゃいけない。
 夢破れて肩を落とした中年がわびしく歩いてかえる図が少年に変わってもその悲哀は変わらない…いやもっとヒサンかもしれない。
 ついにリキッドも特戦部隊名物『スペシャルホリデー』の洗礼を受けるときがきたのか、とロッドは軽く十字を切り、祈るしぐさをした。
 それにしては悲壮さよりも熱心さが上回っているような気がするが。
「おまえもコレに目覚めたの?」
 ロッドはリキッドの目の前につまれている競馬新聞と脇に積まれている競馬雑誌のバックナンバーを指差した。
「隊長命令で日本につくまでにこれ全部読めって言われてんスよ」
 そんなん適当に読むふりしとけばいいのに、とロッドは律儀なルーキーに同情する。
 どうせ獅子舞はレース前の景気づけとやらで飲み始めてるんだから。
「で、めぼしい馬はいたのか?」
 イタリア人の後ろからもう一つの声。
 チャイニーズが涼しげな顔で、ベタベタとまとわりつくイタリア人とその対象を見ていた。
「あら、マーカーちゃん来てたの」
「さっきな」
「オレが知ってるのは…あの例のケンタウルスホイミだけっす」
 敬愛すべき上官の愛してやまない対象の名前が出たとき、ロッドは肩をすくめマーカーは首を横に振る。
「…や、やめときな。ソイツが勝つなんて宇宙が滅んでもありえねぇから」
「…みたいっすね」
 雑誌のバックナンバーの上に読んでいた競馬雑誌を置いてリキッドは悲しげにため息をついた。
「なんで隊長、あの馬ばっかなのかなぁ…」
 そんなの本人でないと分かりゃしない。
 隊長の男のロマンは自分らの知らない次元にあるのだ、と思うしかない、というのが長年付き合っていた三人の結論だった。
 たどり着けない次元にあるロマンよりも今は差し迫った経済危機の方が深刻である。
 マーカーは最新の競馬新聞を取り、しばらく読んだ後おもむろにグリグリと印をつけてリキッドに渡した。
「分からないなら、印をつけた馬にとりあえず1000円ずつ賭けろ。
 よほどのことがない限り、おまえと隊長の交通費くらいにはなるはずだ」
「マーカー!」
 天の声だった。
「現金は財布一つに入れておくのでなくて、分散させて直接持て。カードは別に上着の内ポケットの中にしとくんだな」
 めったに声を聞くことのないドイツ人まで!!!
「そうそう。いざとなった時のためにパンツの中とかな」
 …このイタリア人のアドバイスは実行されるかどうか不明だが。
「まぁ…とりあえず…新聞のラスト三回分とバックナンバーもう一冊くらい読んで馬の名前くらい覚えとけば、リッちゃん楽勝だぜ」
 ロッドはポンポンと軽くリキッドの肩を叩き、チャオーと言い残して共有スペースからプライベートルームに消えていく。そしてマーカーもGもそれにならった。
 それはまるで戦場に降り立つときにも親指を立てて
「Good Luck!」
 と言われるのと同じくらい胸にジーンとくるものがあって(その前にそんな言葉かけてもらったことないが)…思わずうるうるとしているリキッドは…………。


 先輩から、自分たちが上官の借金の申し込みから逃れる為のスケープゴートにされたことに気づいていない。









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