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Fool Guys 遠慮がちに開けたドアの向こうで、怠惰に過ぎていく時間に倦み疲れた男が、ベッドにだらしなく横たわっている。 守るべきものも、攻めるべきものもなくし、緩慢に過ぎていく時間に身を委ねることもできないまま虚ろな時間が刻まれていくだけ。 ここ数ヶ月、朝ハーレムの私室に様子を伺いに行くのがGの日課になっていた 起きている様子があれば食事はどうするか?と訊くが、連日の深酒で食欲などない彼からよい返事がくることは期待できず、まだ寝ているのであれば起こしてまで訊くことはせず、そっとしておく。 ドアを閉じようとした気配に反応したのか、ハーレムがベッドの上で身じろぎをし、一瞬だが黄金の髪が光に反射して、Gはまぶしさに目を細めた。 『青の一族の特徴である見事な黄金の髪は、戦場にあってこそ最も美しく輝く』とかきざなことを言ったのは誰だったか。 それが始めて言われたのは30年以上昔のことで、言った人物は、先走っていく言い伝えに負けてしまい、ついぞ名前を記されることもなかったというが、ここにいる者たちは、それを実感する日がこようとは思ってもみなかった。 結局ハーレムが目覚める様子はなく、Gは彼を起こさないようにそっとドアを閉じたのだった。 彼の日課を同僚のイタリア人が「隊長の生存確認」などと茶化していた時期もあったてが、そんなジョークを叩く余裕はロッドからは失せていた。 戻った時にきちんと閉じる気力もなかったのか、ドアは半分開いており、シーツの端から見えるハチミツ色の金髪が、そこにロッドがいることをGに認識させた。 昨夜、コクピットの番をしていたので、彼らがどんな状態で帰ってきたのか知っている。 ムリもないと思う。 ロッドは数日前に某国に滞在を決めて以来、連日連夜ハーレムに付き合い続けている。夕方になっても抜け着れない二日酔いをおくびにもださず、人懐こい笑顔を顔に貼り付けて出かける日がこうも続いてはさすがのロッドも参っていた。 「…ん?交代時間?」 人が側にきた気配で目が覚めたのか、シーツの下から気だるそうな声がし、モゾモゾと動いたかと思うと腕がにょきりと出現し、頭からシーツを取り去る。 半分開いていない目を何度か瞬かせ、ロッドは腕時計の時間を確認した。 「あは…やべ…」 指定された交代時間はとっくにすぎていた。 コイツはまずいや、と見上げる彼に、Gはスポーツ飲料とミネラルウォーターの入ったペットボトルを差し出した。 『好きな方を取れ』という間もなく、ロッドはスポーツ飲料を受け取ると一気に飲み干し、 「ふぅ〜生き返った」 と、生き返ったとは言いがたい顔をしたまま体を起こし、収まりの悪い金髪をくしゃくしゃとかきまぜた。 「隊長は?」 「まだ休まれている」 「だろうね。あの人、夕べ一暴れしたからなぁ」 『一暴れ』という言葉に、Gの眉間に深い皺がよった。 高いところから見下ろしている視線が説明を求めているのに気づいたロッドはようやくシーツから這い出し、改めてベッドの淵に腰掛けた。 そして、話をきくために横に腰を下ろしたGの手からミネラルウォーターを受け取り一口飲むと、大きなため息を吐き出す。 「ここんところずっとさ。嫌な予感っていうか雰囲気みたいなのがオレたちに付きまとっているっていったろ?大当たりだったのさ」 ハーレムに向けられた幾つもの銃。そして自分の頭にも。 強大な相手に向き合っている緊張感から来るトリガーにかかった指のかすかに震える気配。 ここまで来るのに気づかなかった自分たちも自分たちだが、それだけこの殺し屋たちが気配を消すのがあまかったということだった。 二人そろって蜂の巣になるのにかかる時間は十数秒というところだったろう。 だが、当てのおしゃべりが過ぎたおかげで、どてっぱらにも頭にも風穴を開けられずに済んだ。 殺し屋たちは、ハーレムが幾多の国や軍隊、組織に恐れられている理由を知る代わりに、はした金にしがみついた自分たちの愚行を悔いる時間を与えられることはなかった。 「久々にみたぜぇ。盛大にぶっぱなされる眼魔砲」 寝不足でまだ紅い眼を細め、肩をゆすってロッドは笑った。 が、すぐに頭を押さえて黙り込んでしまった。 「正直さ…何遍この『このオヤジ、港からけり落としてやろうか』って思ったかわかんねぇよ。オレらの気もしらねぇし。酒代もつかってくるし」 さっきまでの楽しそうな物言が、どんと落ちたトーンが、彼の頭痛の元は二日酔いからだけではないと物語っていた。 ロッドは手で弄んでいたペットボトルの残りを飲みほし、足元に置く。だが、手元が狂ったのか軽くなったペットボトルはひっくり返り、そのままロッドの指先をすりぬけて床の上を転がっていき、壁にぶつかって止まった。 それを片付けようとGが腰を上げたときだった。 ベッドのスプリングのきしみに紛れるような消え入りそうな声がした。 「…………だけど…………やっぱりほっとけないんだよね」 『なんでも笑って済まそうとするのはオマエの悪い癖だ』と、もう一人の同僚が自分の冷笑癖を棚に上げてよく言っていたが、無理やりにでも笑っていないと精神のバランスが持たないこともあるということを知ったのはここ最近。 辛抱強く、妙に気を使ったりへつらったりせずに普段と変わらずに今のハーレムとつきえるのはロッドだけだ。 口下手で、沈黙の中にすべて押し込めてしまおうとする自分とは正反対だが、それが却って痛々しかった。 Gはうつむき加減になりかかっているハチミツ色の頭を引きよせた。 「……………オマエはよくやってくれている」 気の利いた労いの言葉の一つをと、いくら頭を働かせてもこれが精一杯で、もどかしさに引き寄せる手に力が入ってしまい、ロッドの頭は完全にGの胸板に密着してしまった。 「………みんなもそれが分かっているから」 マーカーも、ハーレムも。 「へへ…なんか妙な気分だな。Gにそうやって褒められるなんてさ」 柄にもないことをしている自覚からか、Gは寝起きでくしゃくしゃになっているロッドの髪を大きな手でかきまぜると、ロッドは身を竦めて笑い始めたた。 「やめろよ、くすぐったいって」 そして、もう大丈夫だと、手で軽くGの体を押し、Gもロッドの髪から手を外した。 「だけど久々に血が騒いだねぇ。オレも、あの人も」 酒に澱んだロッドの目が輝き始め、泳いできた視線が同意を求める。 ゴクリと大きな音を立ててツバを飲んだGに、ロッドは喉の奥から意地の悪そうな笑いを搾り出した。 その場の情景を想像しただけで体中の血が滾り、体温が上がったのを彼は見透かしていたのだ。 確かに、飢えていた。あのピンと張り詰めた瞬間に。 生と死の隣り合った緊張に。 特戦部隊の解散が告げられ、ハーレムが離脱するかしないかの瀬戸際のとき、自分たち三人は生命の保証と、求めれば自分たちの実力や働きに見合った地位を得ることができた。だが、三人とも相談したわけでないのにあっさりと蹴飛ばし、ハーレムと共にあてどない空に漂う身となっている。 安穏とした生活というものに耐えられない救いのない男たち。 「ホントに物好きだよね、オレたちって」 水分補給が効いたのか、言いたいことを吐き出したにすっきりとしたのか、ロッドの口は従来の滑らかさと回転を取り戻したようだった。 「そうそう。隊長の記憶が残ってたらの話だけどさ…」 うまくいったら楽しいピクニックに連れて行ってくれるかもよ?と耳打ちされ、Gは驚いたようにロッドを見た。 彼は悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべると、 「…ということで、それに備えて寝ることにしたから。あと二時間だけよろしくってマーカーに言っといて」 ウィンクを一つし、シーツの中に再びもぐりこんだ。 ほどなくして聞こえてきた軽い寝息に、Gもこれ以上ここにいる必要がないと判断し、そっとベッドから離れる。 そして、さっきのことをマーカーに伝えるために、部屋を後にした。 2004.11 執筆。初出「アンソロG」 2006.02.05 加筆・修正 |
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