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クママニアと乙女



 この島に流れ着いたのが何かの運命だったのだろうか、奇しくも隣り合ってすむことになつた特戦部隊と心戦組の幹部ご一行。
 彼らの住処となっている掘っ立て小屋二つから少し離れた場所に、Gのお気に入りの場所があった。
 
 そこには大きな木があり、南国の日差しをさえぎるのに十分な枝が茂っていた。
 家事や食料の調達、ハーレムの気まぐれに付き合ってPAPUWAHOUSEを襲撃する合間にそこで縫い物午後のひと時が、Gのささやかな至福の時間であった。

 最近そこにもう一人の人物が加わるようになった。
 それは、この島で唯一のウーマンであり、『素手でバッファローも倒し、象もやりで一突きで倒すことのできる』という上司お墨付きの原田ウマ子嬢。

 最初のうちは意外そうな面持ちで木陰で針仕事にいそしむ大男を眺めていたウマ子だが、Gのみごとな運針と出来上がった物のすばらしさに感嘆し、傍らに座って眺めるようになった。
 そしていつしか彼女も同じ木陰に座って一緒に縫い物をする光景が見られるようになった。
 

「うむぅ〜」
 何度も何度も生地を解いては縫い直ししていたウマ子から漏れた嘆息にGは顔を上げた。
 ウマ子は手にした見事な薔薇色の光沢のベルベットと、かわいらしい白いレースのフリルを交互にみやっていたが、Gが自分の方を見ているのに気づくと問題の箇所を広げて見せた。
「ここのところじゃけんど…」
 Gは自分が作っていた小ぶりなテディベアを一旦置くと、ウマ子から彼女の作りかけを受け取り、無言で服地の裏と表を確認すると、覗き込む彼女の前で数針縫ってみせた。
「おおーそうかぁ!」
 得心がいったとばかりに大きく頷いたウマ子はGから服地を返してもらい、彼の目の前で一つ一つ丁寧に縫っていく。
「こんなもんでいいかの?」
 と、確認したところ、Gはいつものように短く
「ん」
 とだけ答えた。

 そして30分ほど経った頃…。

「できた!」
 の掛け声と共にウマ子が立ち上がった。
 彼女は薔薇色のベルベットのワンピースを胸に宛がう。
 スカート部分を広げると、苦心した裾のレースもその繊細な模様を覗かせた。イメージしたとおりのできばえにウマ子はご満悦。そして、Gも仕上がった服のできに満足そうに目を細めた。
「それもこれもGさんが丁寧に教えてくれるからじゃのぉ」
 好きな人の前ではかわいく装いたいという乙女心が元同僚にどれだけ伝わっているのかどうかは不明であるが、ウマ子の腕は確実に上がっている。
 
「……それは……上達したいという意欲があって努力しているからだ…」
 Gは客観的に評価したつもりだったが、ウマ子は天にも昇らんばかりに舞い上がった。ひとしきり照れた後、
「もう!Gさんは謙虚なお人じゃけんのぉ〜」
 と、振り下ろされた逞しい二の腕が、Gの背中を叩いた。
 並みの男なら昏倒しかねない一撃に前のめりになりながらも地に這い蹲らなかったのはさすがといおうか。
 だが、その一撃よりも次にウマ子の言い出したことにGの顔から血の気が引いた。
「おお、そうじゃ!いつも教えてもらっているお礼に、今度クマ狩に行ったらとって肝を持ってきちゃるけん」
 クマの肝……という言葉にGの額から冷や汗が流れ落ちる。
「ど、どうしたGさん!」
 Gは自分の口下手を呪った。彼の口は言葉を発するという機能と役割を忘れてしまった。が、反対に目は最大限に見開かれしきりに瞬きを繰り返す。そして額からは大粒の汗が噴出していくのと体温が下がっていくのを感じた。
「顔色が悪いぞ、こりゃ早くクマを狩ってこんと!」
 それを見たウマ子は、クマの肝は精がつくけんのぉ〜と腕まくりをし始めた。
 あの逞しい腕にかかってはどんなクマも一撃の元に弊されるという運命を逃れ得ないことは、もはやパプワ島では周知の事実。

 こうなったら…。
 Gはおもむろに作りかけのテディベアを手にしものすごい勢いで縫い始めた。
 ウマ子は唐突に始まったGのテディベア作りに驚きを隠さなかったが、見る見るうちに出来上がっていくテディベアに感嘆の声を上げた。

 Gは糸を切り出来上がったぬいぐるみの形を整えると、それをウマ子に差し出した。
「もしかしてこれをワシにくれるんか、Gさん!」
 Gの頭が微かに頷いた。
「かわいいのぉ〜!さすがGさんじゃ!これ、本当にもらってええんかの?」
 嬉しそうに抱きしめるウマ子に緊張が緩んだのか、Gの口がそろそろと動き始めた。
「ク…クマはかわいいものだから…」
 やっと喉の奥から搾り出された言葉に、テディを見つめていたウマ子の視線が不思議そうにGの方へ向けられ、次に彼女は手にしたぬいぐるみとその製作者を交互に見やった。
「確かにかわいいのぉ。Gさんの作ったテディは」
 もはやすがりつくような目になってしまったGに、ウマ子は満面の笑みを浮かべた。
「おにゅうのワンピースとこれをリッちゃんに見せに行こうかのぉ」
 Gの頭がうんうん、と大きく頷く。
 意を決したウマ子は、フン、と気合を入れなおすと、自分の裁縫道具セットを道具袋に詰めた。
 そして、ありがとうのぉ〜Gさーんと大きく手を振りながら森とは反対の、Gの元同僚のが家事にいそしんでいるであろう場所へと逞しい一歩を踏み出した。

 その姿を見送ったGは、再び木陰に腰を下ろす。
 作っていたテディの材料は、ハリネズミと物々交換でやっとの思いで手に入れたものだったがもうそんなことは構わなくなっていた。

 これで…救われたのなら…。
 
 ため息と変わりない小さな呟きがGの口から漏れたと思うと、彼はお気に入りの大木に背を預け、目を閉じた。
 そしてわたってくる風が梢を通り、頬を撫でる中…規則正しい寝息をたて午睡をすることで残りの彼だけの時間を過ごすことにした。

 その風に乗って聞こえてくる元同僚の悲鳴と彼を追う乙女の怒号は聞こえないものとして。


  



とりあえずウマ子ちゃんの広島弁は嘘っぱちということで^^;






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