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帰還 「オレのせいだ」 ベッドに横たえられたGよりも真っ青な顔をし、死にそうな声でリキッドがつぶやいた。 だが、それがGの手当てをしているハーレムの癪に障ったらしく、彼はリキッドを横目で睨み付け低い声で告げた。 「ジャマするなら出て行け。役立たずはいらん」 ただでさえ凄みのある顔が憔悴しているせいでますます怖くなり、リキッドはハーレムとマーカーの作業を固唾を呑んで見守るほうに戻った。 応急処置用のベッドに横たわったG。 その日の作戦が終わり、飛行船に引き上げようとしていた時だった。 廃墟に跪き、地を手で撫でていたGを見つけたリキッドは声をかけ、彼のところに駆け寄ろうとした。 来るなっという叫びと爆発音が響いたのはほぼ同時。 爆発はたいしたことはなかった。 作動すべきトラップもあらかた破壊されていた後だったので、廃墟が瓦礫に変わっても大差はなく、結果的には二人の間にあった脆くなっていた外壁が崩れ落ちたくらいで済んだ。 だが、埃と砂塵で失われた視界が戻ったとき、リキッドの眼に入ってきたのは、分厚く長いいガラスの破片を脇腹に刺したGだった。 隊服を脱ぎ、時折腕まくりをしたシャツで汗をぬぐうハーレムの手にはめられた医療用の手袋は、Gの体から失われた血にまみれていた。 ハーレムはもはや何枚目か分からなくなったそれを脱ぎ捨てて新しいものに交換し、縫合用のキットを取り出す。 「止血はなんとかなったが…出血量が半端じゃねぇな。どっか内臓が傷ついたのかもしれないぞ」 「傷の深さもですね。縫合が終わるまで麻酔が持てばいいのですが」 二人のささやきあうような会話はリキッドの顔をさらに蒼白にさせた。 重いGを背負って飛行船まで必死に歩いていた時は『命に別状はない』と自分で言っていたのに…今では紙のように白い顔色で眉間にいつもよりも深く皺を寄せ、時折唇をかみ締めて苦痛を堪えていた。 こんなときでもうめき声さえ出さないのがGらしいといえばそうなのだが、それが返って痛々しくて、ここにいる者たちは救いがたい気分にさせられていく。 ハーレムの手元でパチンと、糸を切る音がし白い包帯ガーゼがあわただしくやり取りされている時…処置室の入り口が開き、ロッドが入ってきた。 彼にいつもの表情はなく、淡々とハーレムに報告する。 「隊長。やはりここから一番近いのは日本支部です」 「時間はどれくらいかかる?」 「最短最速で…四時間半」 それ以上の質問もせず、ハーレムは後をマーカーに任せ、大股に処置室を出て行った。 誰も一言も言わず、エンジン音だけが響く処置室。 居たたまれない。 誰もリキッドを責めているわけではない。だが、静かにすぎていく時間がこんなに怖いものだと思ったことはなかった。 「大丈夫だって。コイツの分厚い筋肉みたろ?これくらいの怪我なら、オレたちゃ何度もしてんだよ」 ロッドの手が肩に置かれたが、リキッドの不安で押しつぶされそうな気持ちを軽くするにはまだたりなかった。 視界が何度も曇っては、手の甲でぬぐう。 処置を全て終えたマーカーが、『隊長が戻ってきたらまたどやしつけられるぞ』と言ったが、それでもリキッドの涙腺は止まることを忘れてしまっていた。 重い空気を破ったのは通信室から戻ったハーレムだった。 「ロッド、行き先を日本支部に変えろ」 「イエッサ」 「G、死神はおまえとランデブーしたくないらしいぞ。日本支部で待っているのはヘタしたら死神よりコワイヤツだが…腕は確かだからな」 リキッドにはイミの分からないことを告げられたGはかすかに微笑んだ。 「ドクター高松が来ているのですか?」 マーカーの問いにハーレムは頷いた。 「そうだ。…ということでリキッド」 ハーレムに正面からにらまれリキッドは再び身の縮む思いをする。だが、涙は一発で止まった。 「今から俺たちは日本に最短距離で向かう。おまえはここでGを守るんだ」 「は、ハイ!」 「今から通る進路には激戦区も引っかかっている。敵の攻撃をうけないとは限らねぇからな。心しとけよ」 「わ、分かりました!」 慌てて敬礼するリキッドを上から下まで見たハーレムは、口の片端を上げた笑いを浮かべ片づけを終えたマーカーを伴い処置室から出て行った。 「…まあ座れ」 緊張した面持ちで立ち尽くすリキッドに、Gは声をかけた。 「ごめんよ…G…」 「謝るな…………何事も経験だ…今回はちょっと…運が悪かったが絶望的な状況で………はない」 時折詰まりながらもGはそういったが、結局リキッドは何度も繰り返した。 だが泣くのはやめた。Gがしゃべっていることで安心したせいでまた零れ始めた涙をGが手を伸ばして拭こうとしたから。 大怪我をしたGの負担になることはすまい、と。 それから数時間は嵐のような時間だった。 乗り心地は快適といいがたい飛行船がいつもより激しく揺れ、リキッドは何度もGの腕につながっている点滴が落ちないように抑えることになった。 時としてGまで転がってしまいそうな勢いで飛び続け、四時間半という時間を待たずに特戦部隊はガンマ団日本支部に帰還した。 そしてドックに横付けされたストレッチャーにGが載せられたのを確認したリキッドはその場に倒れこんでしまい、ハーレムは二台目のストレッチャーの手配をすることになった。 「心配ありませんよ」 「ああ〜?それにしちゃあコイツ眼もさまさねぇじゃねえか。ちゃんと診察したのかよ」 「その人使いの荒さどうにかなりませんかね。言ったでしょ。こっちのボーヤは疲労困憊して寝ているだけだって」 枕元の会話が次第にエスカレートしていくうちに頭がはっきりしてきたリキッドだが、今眼を覚ましても怖いことになりそうだという予感がして眼を開けられなかった。 「まったく…何させてこんなに精根尽き果てるまでつかれさせたんですか?」 「怪我人の看病させただけだ」 「看病ねぇ」 「いちいちうるせぇな。オレの部下だ。仕事させて何が悪い」 「文句の一つも言わせてくださいよ。こっちはただでさえオペを終えたばかりで疲れてるのにいきなりひっぱってくるんですから。うちの医局の診察を信用してないんですか、アンタ」 「おまえの腕が一番信用できるからだよっ」 二人の言い争いはここで止まった。 微妙な沈黙がしばらく部屋に漂い、再開した二人の会話は小声になる。 リキッドが眠っているだけ、と太鼓判を押された安心感もあったのだろう。 「で…Gの怪我はどれくらいかかるんだ?」 「まあ…全治一ヶ月ってところですかね。今回の処置はあんたにしては上出来だったって言っときますよ」 「抜かせ」 「伊達に長年特戦部隊の隊長しているわけじゃないんですねぇ。 だけど、ありもしない敵国を太平洋のど真ん中に出現させて、ボーヤの不安を煽るのは感心しませんけど」 「そうでも言っとかないとコイツは船酔いでつぶれてたんだ」 船酔いはしなかったけど…結局つぶれちまったじゃねぇか、とリキッドは心の中でぼやいた。 「もういい」 「ちょっと、アンタ。そこは患者用のベッドですよ」 「どうせ開いてんだろが。一時間だけ寝かせろ」 一時間だけですよ、と言い残し、ハーレムと言い争いをしていた相手は部屋から出て行った。 本当はこのまま眠っていたかったが、ハーレムが心配していたことが気にかかるのでリキッドは眼を開いた。 首をもたげて見回してみると、自分のベッドの横のベッドに見慣れた金髪があり、ハーレムが安心しきったような表情で規則正しい寝息を立てていた。 見たこともないような穏やかな表情が珍しく、リキッドはしばらくハーレムの寝顔を眺めていたが、不意に彼が寝返りを打ったのに驚き慌てて眼を閉じた。 そして、いつしか二度目の深い眠りに落ちていった。 Fin |
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