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One Afternoon


「あーん、何コレ!」
 困ったようなロタローの声にリキッドが何事かと振り返ってみたら、ロタローは上着の裾をつまんで途方にくれたような顔をしていた。
「ん、どうしたんだ?」
 近くにいってロタローの示す場所を見ると、縫い目のほつれから上着がぱっくりと口を開けていた。

「ああ…繕っといてやるからそこにおいとけよ」
「いやだよーこの紫外線の強い中、美少年のボクにハダカで歩けっていうの?今すぐにしてよ!」
「あのな、オレは今から洗濯なの!洗濯が終わったらしてやるから」
「やだ、いやだー!」
 結局リキッドは最強のわがまま女王様っ子に抗えず…ロタローの服の繕いにかかったが…見ていくうちにどうもこれはリキッドの手には負えないかもしれない、と思うようになった。
 失敗してヘンになったらこの女王様から何を言われるどころかされるか分かったもんじゃないと思った彼は、この事態を打破するために助けを求めることにした。

 
「なんでそんなにコソコソとしてんのさ」
「男なら正々堂々としろ」
「わう!」
 匍匐全身で進むリキッドに後ろからちみっこ二人と一匹の蹴りが入る。
 できればここには来たくなかった。いや、近寄ることさえイヤだった。
 だが、頼るのはここしか思いつかなかったのでやってきたのはいいが、やはりいざ目の当たりにするとしり込みしてしまう。
「おまえら声が高いっての!」
「大体なんで獅子舞のおじさんの家に行かなきゃいけないのさ、家政夫!」
 ああーこの分では中にいる連中に聞こえちまう…とリキッドは慌てたが、SHISHIMAIHOUSEからは何の反応もなし。
「ロタロー、頼みがある」
「なにさ」
「獅子舞のところに、黒い髪のでかいおじさんがいるだろ?あのおじさんを呼び出してきてもらいたんだ」
「なんでボクがそんなことしなきゃいけないのさ。パシリは家政夫とくいだろ?」
 頼んだ相手が悪かった…でもやっぱりG以外の相手には顔は合わせたくない一心でリキッドは手を前に合わせて頼み込む。
「な、頼むよ。今夜はごちそうするからさ」
「たったそれだけ?」
「う…とにかくあのおじさん呼んできて、おねがい!」
「それだけでこのボクをコキ使おうってどういう了見?」
「頼むからぁ」
 …と、捨て身の平身低頭をしていたリキッドだが、後ろで響いた「…何をしている」という低い声に、驚いて振り返った。





「…てことで…すまねぇけど…」
 呼び出したい人物は最初から外にでていたという幸運だけでなく、残りの三人もどこかでかけていると知ったリキッドは、さっきまでとはうって変わった明るい顔でここにきた理由を説明し、Gも承諾した。
「よかったな、ロタロー。このおじさんが繕ってくれるってさ」
 ちみっこ達は意外そうな眼差しで、リキッドの示す無骨な大男を見上げた。
 子供の半信半疑の視線に、Gはちょっと戸惑ったような表情をしたが、
「そう。じゃあオレ洗濯に戻るから。Gすまないけどよろしく頼むぜ」
 と慌しく去ろうとする元同僚に返事の代わりに微かな頷きで答え、残されたちみっこたちと見送った。



 酒瓶等子供にはあまり見せたくないものが転がっている家の中に彼らを入れるを躊躇したGは、裁縫道具を持ち出して涼しい木陰で作業をすることにした。

 頼まれた上着を丹念に調べるGを、一体どうなるのだろうという真剣な顔つきで子供二人が見ている。
 調べ終わったGは、一度コタローにそれを着せ、ぐるりと回らせた。
「やはりな」
「どうしたの?」
「ちょっと小さくなっている」
 毎日外で駆けずり回り、おいしいものを腹いっぱい食べる生活をしているうちに、コタローは背が伸びて肉付きもよくなっていた。
「これ直る?」
「……ん」
 短い返事とともに、小さな針が大きなGの手によって軽やかに泳ぎ始める。

 

 中々戻ってこないちみっこたちにお弁当を作り、Gにも差し入れを準備しているうちに一人分だけでは悪かろうというので追加もつめていたらすっかりと遅くなってしまった。
 大荷物となったお昼を抱えてSHISHIMAIHOUSEにたどり着いたたリキッドが見たものは、木陰でここを去ったときのまま裁縫を続けるGとそれを見守るパプワ、ロタロー、チャッピーだった。

「あれまだ終わって…ないわけないよな」
 よく見ればロタローはいつもの服を着ており、Gが手にしているのは別ものだった。
「家政夫、遅いよ」
「もうすっかり腹ペコだぞ」
 ちみっこたちからの抗議をまあまあとなだめて、リキッドはGに聞いてみる。
「昼飯は済んだのか?」
「いいや」
「じゃあキリがいいところでメシにしようぜ。Gの分も持ってきたし」
 とバスケットをあけてみせた所、いきなりSHISHIMAIHOUSEの扉が開いた。
「心配しなくてもオレたちも済ませてねぇし」
 と顔を出したのは元上司と残りの同僚二人。
「…多分そんなことだろうと思って持ってきてます…」
 できたらこんな予想は外れてもらいたかったのだが、とりあえずは備えればだ…。
 どやどやと出てきた三人の分も含めて、リキッドはシートを広げて準備を始める。
「えーおじさんたちも食べるの?」
当然のように腰を下ろしたハーレムたちにふくれつらでロタローが文句を言う。
「おうよ」
「ボクらの分がなくなっちゃうよ。育ち盛りなんだよー」
「心配するな、つまむのはリキッド分だけにしとくから」
 そうでしょうとも。
 リキッドは搾取をもくろむ叔父甥から見えないところでそっと涙し、指先でぬぐい取ると、手を叩いてちみっこたちに言う。
「ほらほら、準備できたよ。手を洗っておいで」
「おじさーん洗面所はどこー?」
 おじさん、と名指しされたロッドがひどく傷ついた顔をして『オレのこと?』と自身を指すと、子供は満面の笑顔で「そう」と頷く。
 中々ありかを教えてくれないロッドの代わりに、『家の中』と指し示すGの指先に気づいた子供たちはSHISHIMAIHOUSEの中へ入っていった。
「全くしつけの行き届いたことで」
 おじさん呼ばわりされたことをまだ根に持つロッドがバスケットの中のものを一つつまんだところで子供たちが戻ってきて、いただきますの号令とともに遅めのランチが始まった。
 
「今日は遊びにいかなかったのか?」
 まさか今までここにいるとおもっていなかったリキッドが尋ねると、
「ここでおじさんが服を造るの見てたんだ。だってこのおじさんものすごく上手いんだよ!ボクの服あっという間に直して、その後パプワくんとボクにおそろいのパジャマ作ってくれたんだよ!」
 とロタローはここにずっといた理由を話す。
 Gの裁縫の腕がかなりのものだというのを知っていたリキッドだが、改めて感心した。

 子供たちはよく食べ、大人は飲んで食べてで予定外の昼食会は楽しく終わった。
 食べ終わった子供たちが改めて遊びに行くというと、Gは手で招き、出来上がったパジャマを差し出す。
 この極端に口数の少ない男から着てみろといわれているのが分かった子供たちは袖を通し大人たちの前でくるんくるんと回ってみる。
 さすがGとみなが唸るほどできはよく、子供たちも嬉しそうだった。

 子供たちは午後は別の場所に遊びに行き、ロッドとマーカーは食料品の調達に、そしてGは裁縫道具を、リキッドは食べ散らかされた分の片付け、ハーレムは木陰でのんびりタバコをふかしている。

「…なんか思い出しちまったな」
 ハーレムは手で子供を抱き上げる仕草をし、Gとリキッドは思わず顔を見合わせる。
「あん時も…Gが作ったんだったけ」
 思わずしみじみとしてしまったリキッドに、Gも頷く。
「……だったな」
 新しいお洋服ありがとう!と見上げる甥を抱き上げるハーレムの手つきは優しかった。
 あの時はその後に飛び出した「パパを殺す」という言葉と無邪気な表情の落差は今でも忘れられない。

 全てが終わってこれから先はよい方向に行くと純粋に信じられたのは僅かな時間だった。
 争いと離反と…放浪と…続く中、突然時の動き始めた子供はそれまでを取り戻すかのようにここに導かれて…。次々と舞い込む珍客は緩やかだったときの流れを一気に加速させたかのようにリキッドたちの周りは慌しく変化していった。
 大人も…子供も。

 
「それにしても、随分と大きくなったもんだ」
 自分の一言が重い雰囲気を作り出したことに今更ながらに気づいたハーレムの取ってつけた言葉に、リキッドとGは同時に表情を和らげ、途中で止まっていた作業に戻ろうとしたときだった。
 突然肩をがしっと掴まれたリキッドが掴んだ手の主をみると、ハーレムがニヤニヤと笑っていた。
「それもこれもリッちゃんがいいモン食わせてやってくれてるお陰だよな?」
 リキッドの肩に回された腕を見ないふりをしてGは頷く。
 こんなときには絶対にろくなことを考えていないはお見通しのリキッドは、
「…そんなこといっておだてて夕飯たかりに来るつもりでしょ、アンタ」
 その手を払おうとしたが、ハーレムはさらに締め上げながら否定した。
「あん?今日のお礼に、招待してくれるんだろ」
「だ、だ、誰がっ!!だ……だっ…大体……あ……んたは何もしてねぇよ!」
「あん?何か言ったか?」
 
 哀れな元同僚の悲鳴と、上司の戯言が続く中、Gは黙々と自分の持ち物を片付け、腰を上げた。
 そして、なんとか逃れようともがくリキッドを羽交い絞めにしているハーレムに、軽く会釈すると、ハーレムは、ごくろーさん、と今夜の食料を確保した最大の功労者を労ったのだった。


The End







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