□□□
□□





特戦部隊より、愛をこめて



「どうするよ」
「どうすると言われても…」
「……………………」

 特戦部隊の飛行船のコクピットでは、この時間の当番のマーカーと、非番のロッド、Gの三人がこの世の終わりか、と言わんばかりの深刻な顔をつき合わせていた。
「オレ、こうなったらパラシュート背負って飛び降りるぜ」
 いつもの軽さを微塵も感じさせない悲痛な声音でロッドが言うと、マーカーが淡々と返した。
「北海のど真ん中でそれをしたいというのなら私は止めん」
 自分だけ抜け駆けで逃げようというのは許さない、といわんばかりの気迫が、静かな声音の中に篭っていた。
「まだ北海なのかよっ!このままじゃ日付が変わるまでに…」
「無理だ」
 Gはキッパリと否定した。
 どうあがいても、自分たちは日付が変わるまでにどこぞの地に降り立つことはできそうにないのだ。
 
 今日だけは、戦場の真ん中にいるか、もしくはこの飛行船から離れてどこかに出ていたかった。
 それがこの三人に共通する思いであったが、もはや叶いそうにない。

 日付が変わったら……某極東の島国では慌しくチョコレートが飛び交う日がやってくる。
 いっそのこと弾丸の飛び交う戦場にいたほうがマシだと歴戦の勇者に思わせてしまうこの日こそ、彼らが敬愛する隊長ことハーレムの誕生日だった。
 だが、この日がこの三人に更なる親愛の情や畏敬の念を思い起こさせるような日であったためしはまったくといっていいほどない。
 誕生日という切り札を手にした獅子舞ほど性質が悪いものはない、と身に染みている三人は、毎年この日が来る前になんとか逃れようとしていた。
 だが、今年彼らが置かれている状況は、にっちもさっちもいかないものであるらしい。
「言っとくけど、オレ一銭もねぇぞ」
「それは私も同じだ」
「………………ん」
 
 嗚呼、どうしてこんな不吉な日から四日間にわたるオフが始まるのだろう。しかも、着陸する場所は南の国。本当ならこんなにめでたい日はないというのに。
 なのに、三人は『どこかで反乱が起こって、このまま転戦させてくれ』と祈り続けた。だが、何事もなく飛行船は順調に目的地に向って飛んでいる。


「このまま三人…いや四人で眼魔砲くらうってわけ?」
「今できることの精一杯でごまかして、着陸したら逃げる。それしかあるまい」
 考えてみれば、たとえ三人にありあまる金があったとしてもこの船にいる限りは何も買えない。実質的に金がいるのは着陸後の話だ。
「隊長がオレたちをお目こぼししてくれそうなネタあんのか?」
 三人はまた唸り始めた。
「……………何か目新しいものだな」
 Gの言葉に二人はハッと顔を上げた。だが、何かそれに該当するものがあるかどうか再び考え始め、暫くしてロッドが顔を輝かせ始めた。 
「ここにあるもので目新しいものって…いや、物じゃなくてもいいんだよな?」
「Gにずっとしゃべらせるとかいうのはナシだぞ」
「おまえとGの陰険漫才なんかオレでもみたくねえよ。どうせなら、ね?」
 ウィンクをし、指でコイコイと招くロッドに、二人は顔を寄せた。


 
 二人は真剣な表情で声をひそめたロッドに耳を傾ける。
「残念ながら今あるのは白だけだ」
「いくらなんでもレースのフリフリは悪趣味すぎるぞ、ロッド」
「やっぱり?でも演出としてはなかなかの…」
 マーカーの指に小さな炎が出現したのを見て、ロッドは言いかけていた言葉を飲み込んだ。
 そしてまた三人は顔を寄せ合って続ける。
「それでいくか。時間までにできるか、G」
「……………ん」

 頷いた同僚に、さっきまでとはうって変わった安堵の表情を二人は浮かべた。
「じゃあ一時間後にここで」
「了解」
「……」
 ロッドの提案に二人は頷き、ロッドとGはそれぞれ一度自分の部屋へと戻って行った。





 そして、時計は11時30分を指したところ………。
 部屋のドアをノックするかすかな音でリキッドは眼を開いた。
「んあ?まだ見張りの交代じゃねぇだろ……」
 腕時計を確認したところ、後二時間は眠れるはずだった。
 数時間後に始まるという貴重な休暇に思いを馳せて夢の国に入っていたのに。
 何かあったのなら枕元の電話から連絡があるはずだ。そうではないということは多分ろくな用事じゃあない。
 とりあえず様子見とばかりに反応しないでいると、さっきよりも大きな音でノックされる。
 リキッドは舌打ちしながら手元のパネルでロックを解いた。ドアが開いてノックしていた相手が部屋の中に入ってくる。
「リキッドちゃん、おきてよ」
 頭の上から降りかかってきたロッドの声に、リキッドは寝たふりをした。
 が、頭から被っていた毛布をあっさりとはがれる。
「…まだ交代時間じゃねぇだろ〜ロッド。あと一時間寝かせてよ」
「交代じゃないの。重大な任務が発生したから起こしにきたんだよ」
 重大な任務、という言葉にリキッドは飛び起きた。
 そしてあたふたとパジャマを抜ぎ捨て、特戦部隊の制服でもあるレザースーツを手にとろうとしたとき、ロッドの手がそれをやんわりと押さえた。
「No、それじゃなくてリッちゃんの着るのはこれね」
 
 差し出された服はオーソドックスな白いシャツだった。
 それに袖を通すと、まるであつらえたかのように自分にぴったりしていた。
 だが、丈だけはちょっと長めだった。
 それのボタンをとめて、下のズボンを履こうとしたところ、またもやロッドにとめられてしまう。
「上だけでいいの。ボタンも三つくらい外しといてよ」
「は?」
 ズボンをはかずにどうしろというのだ、このイタリア人は。
 リキッドのまだおき抜けの眼が言っているのを気づいているのか気づかないふりなのか、ロッドはズボンをリキッドの手から取り上げてくるくると手早く丸めてしまう。
「んー。やっぱオレの見立てどおりだね」
 そして上から下まで舐めるように、リキッドを見た。
「靴ははかないほうがいいな。よし」
「はぁ?何いってんのかわけわかんねぇよ。ロッドてめぇ寝ぼけてんじゃないのか?」
「何先輩に向って生意気な口きいてるんだよ。いいか、おまえには今から重要な任務が与えられるんだ。格好なんか気にしてるヒマねえんだよ」
 一体何訳わかんねぇこといってんだ、とぶつくさいうリキッドの腕を強引に掴み、ロッドはコクピットに向った。
 連れてこられたのがミッションルームでなかったのも驚いたが、そこにきていたのはマーカーとGだけ。
 彼らはロッドと同じように上から下まで嘗めるようにリキッドを見て、納得したように頷きあった。
「た、隊長は?」
 という質問はロッドの二人に向けた言葉にさえぎられた。
「な、オレの見立てに間違いはなかったろ?」
「上等だ」
「さすがGだよな〜ホイホイッて作ってしまうんだから」
「うむ」
 訳の分からないことを言っているのはロッドだけじゃなかった。
「そんで、このリッちゃんに………」
 ロッドが手に取ったのはばら色のリボンに見えた。
 だが、それの長さも幅もかなりあり…リボンというよりもむしろサッシュに近いもので………。
 それがなんでまた、と考える間もなく、ロッドはリキッドの体に巻きつけはじめた。
「ちょ、ちょっとまて!!!」
 ロッドが自分をそれで拘束しようとてしいのは明らかだった。
 さすがにここまでくると、自分が何かにはめられようとしていることに気づいたリキッドは渾身の力で抵抗を始める。
「暴れるなって」
 さすがにロッドもリキッドの抵抗にあっては目的が果たせないらしく、同僚に助けを求めた。
「マーカーちゃん手伝ってよ」
 指名された相手は、リキッドが身も凍るような笑みを浮かべなにやら光ものを取り出した。
 それが眉間に触れたかと思うと、リキッドの体から一気に力が抜けて、彼は床に崩れ落ちて行った。











 ハーレムの自室の時計が12時がきたことを告げた時だった。
 いつものように一杯…いや一本酒を開けていたところ、響いたドアをノックする音に、ハーレムは「入れ」とだけ言った。
「ども」
 ロッドがいつものようににやにやとしながら中に入り、扉を閉じた。
「珍しいじゃねぇか。毎年この日になると逃げ回っていたヤツがよ」
「いえね。今年は隊長孝行に目覚めまして」
「ほお〜やけに殊勝な心がけじゃねぇか」
「一つ老い先が短くなったんですからね。心を入れ替えたんですよ」
 全然心を入れ替えてない発言をぶちかましながらロッドはさらにニコニコと笑う。
 そして、ハーレムの額に青筋がたちはじめる前に…
「ということで、オレたちからのプレゼントです!」
 ジャーンという掛け声とともに再び開いたドアの向こうにいる相手を見たときハーレムは一瞬眼を見張った。
 そこには後ろからGに支えられたリキッドが立っていた。
 白いシャツ一枚だけを身にまとい、バラ色のリボンを体に巻きつけられ、手首のところで結ばれている姿で。

 ここまできたら先輩たちから何も説明されなくても、重要ミッションの意味は分かる。


 狼の檻に投げ込まれたんだ……。

 逃げ出したくてもマーカーのせいで体に力が入らないし、出口はGががっしりとふさいでいるし。
 獅子舞はチロチロと舌を出しながら迫ってきているし。

「今日一日隊長の言うことをきいてくれるそうです」
 誰がそんなこと言った!
 抗議しようにもリキッドの舌はまだ機能を取り戻しておらず。
「まだまだ未熟で薄給の身だから、今できる精一杯のことをしてあげたいって」
 うーそーつーけー。大体薄給の原因はコイツなんだよっ!
 
「ということで、HAPPY Birthday!願わくば、やってくる一年がよいものでありますように!」
 そういい終わるとロッドはGから受け取ったリキッドをハーレムに押し付け、わざとらしくウィンクをして部屋の外に出て行った。そしてドアの向こうで恭しく一礼するマーカーとG。
「おう、ありがとよ」
 待ってくれ、いかないでぇー!
 と必死に眼で訴えるリキッドの気持ちは彼らに伝わることはなかった。







□□
□□□