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For your special Day



 自室のドアをあけると同時にパンパンと音がし、頭の上に紙テープがパサリと落ちてきた。
 部屋の入り口にあるスイッチを入れ銃を構えたところ、明るくなった室内にいたのはクラッカーの残骸を手に万歳しているロッドだった。
 
 某国に派遣されたはいいが、先に来ていた部隊の尻拭いもいいところだった。
 退却する部隊のフォローを兼ねた作戦は三昼夜にもおよび、体は極限近くまで疲れ果てている。
 自分はロッドとは違い、無事退却を終えた部隊の隊長のところへ向かったハーレムに同行してようやく戻ったところだというのに、何故こんなに騒々しい歓迎をされなければならないのだ。
 しかもなんでこんなところに…ここは私の部屋でなかったのか、と周囲を見てみたがどう見ても自分の部屋だった。

「貴様、コクピットの番はどうした」
 出かける前に割り振られた役割分担によれば、このイタリア人はコクピットの番をしているハズだったのだが。
「リキッドボーヤが代わってくれたよ」
 その時の様子が目に浮かぶようだった。
「リキッドを脅してまで交代してまでして真夜中に私の部屋にいる理由を教えろ。理由によっては…」
 聞くまでもなく燃やすつもりで、右手に精神を集中させた。
 指先に焔が出現する直前…
「何とぼけてんだよ、ホラ」
 ロッドは自分の左腕にある時計をマーカーの目の前に突き出してきた。
「午前12時22分…それで?」
 時計のデジタルが示していた時間を律儀に読み、マーカーはロッドに視線を移した。

 時計が何だというのだ。別に新しいものを買ったという自慢をしているわけではなさそうだし。(前々から持っているものだというのはよく分かった)
 とにかく早くそこからどいてもらいたい。
 疲れた体とそそけ立った神経を休めたいのに…。
 
「違うって!見てほしいのは日付の方」
 ロッドは時間の上に小さく書かれている『21 Jan』を爪の先で示した。
 
「1月21日になったんだよ、22分前に」
「それをだしに一騒ぎしたいというのか?時と場合を考えろ。私は疲れているんだ」
 ひどい作戦だった。
 尻拭いの自分たちも疲れ果てたが、味方の損害もひどかった。
 ハーレムがどうしても作戦の責任者に一言言わないと気がすまない、というので、半ば護衛、半ば彼を抑えるために同行して、事後処理の打ち合わせに行ってきた。
 その緊張が粉々に砕けた今…とにかく休ませてもらいたかった。
 なのにこの男は何故こんなにしつこく絡んでくるのだ。
 もういい加減限界だった。
 ドアを開けて、出ろ、と言い渡すつもりだったのだが、背を向けた隙に後ろから抱きつかれてしまった。
「離せ。穏やかに退場願おうと思った私の気持ちをよほど無にしたいらしいな」
「オレも疲れてるよ。隊長もGもボーヤも…あんなひでぇ作戦はもうまっぴらだ」
 後ろから抱きしめるロッドの腕に力が入ってくる。
 戦場は熱帯の密林地帯。
 味方をかばいつつ敵に隙ができたら反撃。
 言うは簡単だ。
『ハーレム様の特戦部隊ならできるでしょう』と言い切った相手の仕官の顔は今思い出しても腹が立つ。 おだて上げるその舌は、自分たちがここにいない時には『血に飢えたハイエナ』とか呼んでいるくせに。そのくせ自分たちは指揮系統もめちゃくちゃで浮き足たちまくりだった。

「二日目にさ、もう限界だって思ったときさ…ふと時計の日付に気づいたわけ」
「それが?」
「こりゃなんとしてでも明日中に作戦終わらせなきゃって思った」
 なんだか体から力が抜けた。
 抵抗がなくなったのをいいことにロッドの腕にこめられた力がさらに強くなり、マーカーは彼の腕の中にすっぽりと納まる位置にまで抱き寄せられていた。
「だからさ…それの感謝の意を込めて、お祝いさせてよ」
「誕生日の一つや二つ…。まあ貴様があの状況の中そのおかげでやる気が出たというのなら悪い気もしないが」
「あのね、フツーに誕生日を祝えるのが嬉しいって思ったことはないの?」
 ああ…そんなことを考えたこともなかった。
 来年の誕生日どころか明日の朝には骨の一片も残っていないかもしれない身。
 ずっと繰り返されてきたそれを乗り越えて戻った時がたまたま自分の誕生日だったというだけだ。
「…思ったこともない」
「じゃあ今年は感謝しよう?」
「ばかばかしい。それが…」
 何だというのだ、という反論はロッドの言葉に遮られた。
「重要なことだよ…少なくともオレとっては一年で一、二を争うくらいに大切なコトなんだ」
 肩口に顔を埋めてささやかれたささやかれた声は、疲労のせいかいつもの響きはない。
 だが、それがかえって同じように疲れている身には心地よく、この男に出て行ってもらおうという気が薄れてきた頃…。顎に手がかかり、そむけていた顔が反対側に回された。
 そして疲労の色が濃く滲みだしている頬に、ロッドの唇が触れた。
「HAPPYBIRTHDAY、Marker…」
 こそばゆいような面映いような気分に体の体温が上昇していく…。
 みっともないことに…きっと自分は顔を真っ赤にしているだろう。

 多分、さっきからぴったりとくっついているこの男の体温のせいだ…。


 だが、そんなことはもうどうでもいい気分になってきた。
 自分は疲れすぎているのだろう…だから別におかしなことじゃない。
 …と様々に理屈をつけてみたが、結局納得のいくものはなかった。
 じんわりと沸いてくる一つの感情を除いて。

 離そうとしない手をやんわりと外し、マーカーはようやく自由の身になった。
「今日のところはありがたく受け取っておく」
「素直じゃないんだから」
「そんなことを言うとおまえには飲ませてやらんぞ」
 マーカーは備え付けの棚に行き、奥から酒を取り出して掲げる。
「え、オレにもくれるの?」
「寝酒に付き合うくらいの体力は残っているだろう」

 同じく棚から取り出したグラスに酒を満たし、ロッドに渡す。
「じゃあ、改めてお誕生日おめでとう」
 受け取ったグラスを掲げたロッドにあわせ二人で飲み干した。
 補給がおぼつかなかったため本来なら手にしない度数が高いだけの安物の酒が喉を焼き胃に流れこんでいく。
 寝酒としても最悪の部類に入る一杯だったが、ロッドには関係なかったらしい。
 眠れればいいというのは自分も一緒だったが。
「帰ったらちゃんとお祝いするからよ」
 どこそこの店に行こう、とかとかなんとか言う声が次第に小さくなったかと思うと、パタリと手が落ちた。

 マーカーは手にしたままの空のグラスを指から外し、ナイトテーブルの上に置く。

「全く…やっかいなところで寝てくれたものだ」
 ロッドが寝たのは、マーカーのベッドの上。
 元々狭い部屋に椅子は一つしかなく、図々しくもそこを選んで座ったまま眠ってしまった。
「これでは私の寝る場所がないではないか」
 マーカーは毛布を一枚取り出すと、半分をロッドに掛けた。
 そしてその隣に座るともう半分の端を自分に掛ける。
 なんとか二人並んで壁に背中をもたせて座った姿勢で収まると、もはや聞いてなさそうなロッドに向かってマーカーは呟いた。
「…おまえを部屋に運ぶのが面倒くさいだけだからな」
 
 そして目を閉じた。







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