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休暇はおわりぬ 開発棟の指定した部屋に通されると、ロッドはキンタローに指示されて通信システムの前に座らされ、マニュアルを渡された。 細かい字が所狭しと並んだ紙の上を視線でなぞるだけでも、これまでにロッドが使ったことがあるものよりも数段進んだものであるのが分かる。 たった三年じゃないか。 シンタローとハーレムの確執のおかげで仕事干されてたのは。 それだけの間だというのに、何なんだこの目まぐるしい発展を遂げた通信システムはとロッドは内心で目が回りそうになってるのを悟られまいと、人懐こい笑いを作ったが、それでキンタローの顔の表層から険しさと憔悴が薄れるわけではなかった。 「使えるか」 「凄いッスねー」 ロッドはキンタローの質問には答えずに褒めているだけで、彼がこの機器を使いこなせるかどうかを一刻も早く知りたいキンタローの眉間に、険しい皺がよった。 「オレは使えるかどうかを訊いているのだが」 「役に立つものはなんでも使いますよ、人だろうが、モノだろうがね。それが戦場のセオリーってもんでしょ?」 「ならいい」 キンタローは横について、細かい説明に入り、ロッドは手元のマニュアルと一つ一つ確認していく。 それがひと段落終わったところで、ロッドはさっきから気になっていたことを質問することにした。 「…で、オレが干されていた間に格段に進歩した新しいシステムを見せてくれた理由を教えてもらいたいもんですけどね、キンタロー様」 「このシステムを『おまえ』が使えるかどうかを確認したいだけだ」 『おまえ』の部分に力が込められたことで、ロッドは自分が求められていたものは、システムの感想ではなかったことに気づいた。 「使いこなしてみましょうとも。で、でもそれじゃ答えになってないスよ」 ロッドは手渡されたマニュアルのページをパラパラとめくりながら、キンタローを見上げる。 「三年前にあんたたちが放逐したならず者部隊にこんなもの見せちゃってもいいんですか?」 「おまえの腕が必要だから見せた、それだけだ」 「オレの腕?力技がとりえのオレにですか?」 キンタローはよみがえる苦い記憶に、厳しい顔つきになった。 特戦部隊離脱の騒動の中、次々にもたらされる情報に目を剥いた。 戦況の悪化だけではない。経済面、外交面においても大きな痛手を受けた。 その混乱をもたらせたのはたった一つの通信とその後の特戦の飛行船の不明な行動。 その意図がわからない敵国はさまざまな探りを入れ、離脱に混乱するガンマ団に容赦なく彼らの剥いた牙が食い込んでくる。 ハーレムたちは何もしていないというのに、ただ飛行船が西へ向かっていった、という情報だけが独り歩きしさまざまな憶測が乱れ飛ぶ中、ガンマ団の状況だけが悪化していく。それが結果的に特戦への追撃をやめさせ、ハーレムたちはあてどのない休暇に入ったのだが…。 「オマエが流したあの情報のおかげであの後オレたちがどれだけ苦労したのかわかってるのか?」 オレが?と、ロッドは自分自身を指差し、しばらく考えこんでいたが、あははは、あれね、悪気はなかったんですよ、と、微塵のすまなさも見せない顔つきであっさりと言う。 どこまでも逃げおおせるものではない、武器も弾薬も限られている。 己の体ひとつでも十分に戦えても生身の体はいずれは限界がくる。 ハーレムと自分たちを守るものはそれしかなかった。 「使えるものはなんでも使いますよ。そうやって戦場で生き抜いてきたオレらなんだから」 その甚大すぎる効果に後でこっそりと溜飲を下げたのは今ここで言えることではないが。 「おまけに、このオレが、いいか、このオレがおまえたちに煮え湯を飲まされた後に強化した通信システムをあっさりと破ってコタローがパプワ島に行ったという情報もつかんだというじゃないか」 暇つぶしがとんでもないバカンス旅行になったことを思い出し、ロッドは頭をかく。 「えーと早い話しがキンタロー様はオレにその責任を取れって言っているンスか?」 「そうだ。昨夜の会議でおまえたちの原隊復帰が決定した」 「それを先に言えばいいのに」 ガンマ団にまた身を置くとなれば、わざわざこんな面倒くさいやり取りしなくても、辞令一つ持ってくればいいじゃないか、とロッドは思った。 「原隊復帰を拒否しても命の保証はする。ただし、シンタローの身柄が無事に戻るまではガンマ団から出ないことが条件だ」 「簡単に言ってくれますね。で、原隊復帰は分かりましたけどこれを何に使えと…?」 「総帥不在の間に他国に蹂躙されるわけにもいかない。それにここは人手不足だ。特戦部隊に前線で指揮を取らせる。そして、それと共に…」 「コイツのテストをオレにさせようってわけね」 「そうだ」 ロッドは渡されたマニュアルをもう一度パラリとめくる。 特戦部隊だけでなく心戦組にまでコタローの失踪がばれたのはガンマ団、特にシステムの構築を指揮したキンタローにとっては屈辱もいいところだったのだろう。 キンタローの悔しさが随所に垣間見えている。 本当なら…あのパプワ島での最後の夜に見せた負けん気の強さからしてこんなことはしないだろうと、ロッドは思った。 そうしないのは、プライドやメンツよりももっと大切なもののため。 それは理解できるが、自分にだって同じものはある。 「事情は分かりましたよ」 「じゃあ…」 先を急ぎたいキンタローは次の作業に入ろうとキーボードに手を伸ばした。 が、ロッドは、それに首を振る。 「アンタは肝心なことを忘れてますよ。オレたちに命令できるのはハーレム隊長だけだ」 ハーレムは、とキンタローの唇が動こうとしたとき、開発室の扉が軽い音を立てて開き、覚えのあるタバコのにおいと足音が入ってきた。 そっちの方向を振り返ったとき一瞬目を奪われた。 真っ先に飛び込んできたのは、黄金の色だった。 濃緑の隊服に身を包んだハーレムが規則正しい靴音ともにこちらに向ってくる。 その後ろにはマーカー、そしてGがいた。 「ハーレム、ここは禁煙だ」 紫煙を纏ったまま歩んできたハーレムは、甥の苦情はムシし 「細かいこというな。おう、ロッド。さっそくコイツにこき使われてたらしいな」 ロッドはにやりと笑うと、席を立ち背筋を伸ばし、 「休暇は終わりってことっスね」 といい、髪をまとめるのに使っていた赤いバンダナを解き、指先で収まりの悪い金髪を撫でつけた。 「………………そういうことだ」 Gが差し出した包みを受け取り、中身を取り出した時、指先に触れる懐かしい手触りに体中に粟立つような感覚が駆け巡った。 取り出したジャケットを身にまとうと、ロッドは改めてキンタローの方を向き直り、敬礼した。 「先ほどの話、謹んでお受けいたします」 END |
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