□□□
□□




Tempest


 大型の台風の予想進路に飛行船のそれが見事にぶつかるというので、特戦部隊は最寄の基地である日本支部に一時退避という名の寄航をしていた。

 炎、風、地を操るといっても本物の自然には勝てないので当然の選択であったが、ここは安心して錨を下ろせる穏やかな港ではないことが分かっているマーカー、ロッド、Gの三人は、おなじ部屋に詰めている間、ずっと寡黙だった。
 

 寄航してすぐにハーレムは出て行き、数時間たった今も戻らない。
 そして、軟禁とはいかないが特戦部隊には待機命令が出されていた。
 飛行船の窓から台風の準備であわただしいドッグ内部を眺めていたが、退屈に耐えられなくなったロッドが、
「ちょっと散歩してくるわ」
 そう言った時、マーカーとGは一瞬とがめるような目つきで見たが、何も言わずにうなづいただけだった。
 飛行船からちょっと出ようとしたとき、さっそく警備兵が数人取り囲んだ。

「特戦部隊は待機命令がでております」
「あん、誰に向ってそんなこといってんの?」
 自分がそんなこと言われたら真っ先に相手の襟首をとっつかまえてそうなことが、自然と口にでた。
「おまえさんの階級は?ま、きいてもしょうがないよね。特戦部隊ってなんで特戦部隊って言われてるかしってる?」
 ギラついた視線を向けると、相手は面白いように顔をこわばらせ一歩退いた。
「ほほぉ。ちゃんと知ってるんだ。エライね。だったらそこをどきな。アンタはオレには命令できないて分かってんだったらね」
 どこの大隊の隊長だろうが、師団長だろうが、特戦部隊に命令はできない。
 どこに出撃させるかを命令できるのは総帥。そして個々の隊員に命令できるのはただ一人。
「うちの隊長は【基地に待機】とは言ったけど、飛行船で待機なんていってないんだよ」
 言葉を失った警備兵たちは、ロッドが一歩足を踏み出すと道をあけ、そして彼は胸を張って飛行船の停泊しているドッグから出て行った。


 特戦部隊のレザースーツのまま出てきたおかげでいく先々で視線が突き刺さってはすぐに反らされたが、例外が一人だけいた。

 いつも一緒にいる麗人がいないおかげでごく自然に団員の中に溶け込んでいても、あの顔と全身から醸し出す雰囲気を見落とすことはない。
 彼は暇つぶしをしているらしく、所在なさげに手元の雑誌を読んでいた。

「よ、今日はご主人様はどうしたの?」
 ジャンは顔を上げたが別段驚いたふうもみせなかった。
「ロッドだよ、オタクのご主人様の兄上の部下」
 わざとらしく自己紹介して右手を差し出すと、おざなりな握手が返ってきた。

「…で、ご主人様はどーしたの?」
 繰り返された質問にジャンはわざとらしく雑誌に目を落としたまま「一人だよ」と答えた。
「おやぁ〜どうしたこと?サービス様のいるところにアンタが付き従っているってのはガンマ団の常識だってのに」
 ひときわたかく声にされた「サービス」の名にジャンは眉をひそめた。
 黙ってもらいたかったがこの男を黙らせるのは容易ではないらしい。
「たまには別行動することもあるさ」
 ジャンはすっかりと冷たくなったコーヒーを口すすり、それ以上質問に答えるのをやめてもう一度雑誌に目を落とし始めた。

「…てことは、今から大荒れになるんだ。もうそこまで目がきてるんだから」
 チラリと見上げたジャンは、眉をひそめ厳しい顔つきになる。
「どこで聞いた?」
 それにわざと小首をかしげ、ロッドはしれっと言った。
「聞かなくても分かるよ、オレ風使いだしぃ」
 ロッドが台風の目にかこつけてカマをかけたのに気づいたが遅かった。
「つまりここには、もう一人の兄上様もいらしてるわけね」

 いくら引退したからといっても、元総帥マジックは、気軽にガンマ団支部を飛び歩ける身ではない。
 いまだに彼の影響力は内外に強く、本人は楽隠居をしているつもりでも、一挙一動に世界中の注目が集まる。
 

 
「おまえらが来たのは台風のせいだとおもっていたけどな。さすがにあの人も台風を避けてここにきているというのはできすぎだろ」
 ジャンが何を警戒してるのか身に覚えがあるロッドはジャンにあわせて声のトーンを落とす。
 ロッドがここにくるのと同時にラウンジに入ってきた客の意識がすべて彼に向いているという事態ではそうした方がよさそうだった。
「見たのか?」
「…あの人の気はどこにいても隠せるものじゃない」
 ということは自分たちは台風のせいでここに下ろされたのではなく、青の兄弟は台風を利用してハーレムをここに引き摺り下ろしたのだ。

 ハーレムとシンタローとの確執は、周知の事実になっている。
 もはや団内では誰もが知っており、隠すこともできないところまできている。
 揃った役者の豪華さにため息をつくヒマはなさそうだ。


「オレたち、まんまと台風の目に飛び込んじゃったわけね」
「わかってたんじゃなかったのか?」
 それには答えず、ロッドはジャンが取り出したタバコを自分にもと頼み火を貸してもらう。
 紫煙をひとつ吐き出したところ、ジャンはの視線を窓ガラスに激しくたたき付ける雨へと移していた。
 ジャンの視線の先をみると、荒ぶる自然のエネルギーがあらん限りの力で鋼鉄の要塞をたたきゆさぶっていた。
「頑丈なもんだねぇ」
「そうだな。びくともし…」
 ジャンが言い終わらないうちに周りが暗くなった。
 ラウンジ内はすぐに非常灯に切り替わる。
「どっかいかれたのかな」
 薄暗くなった灯りの下でタバコの中味を取り出し灰皿を手繰り寄せながらジャンがいうと、ロッドは
「まあ、非常電源があるし、他の重要なところのに重点的に電力をまわすようにしただけじゃないの?」
 たった今まで褒めていた要塞のあっけない裏切りに二人は苦笑した。
 重要でないと判断されたのか、ラウンジは空調をとめられたらしく、急に上がり始めた湿度と温度のせいでじんわりと汗が滲み出してくる。
 不快感を和らげようと襟元をくつろげたジャンは、急に感じた風がどこから来たのか見て、ちょっと意外そうな顔をし、次に「どうも」と礼を言った。

「いつまでこんな調子だろねぇ」
「台風だっていつまでもあるわけじゃないだろ?嵐はいつか去るよ。嵐の中で舞う落ち葉には分からなくてもな」
 停電のことを言ったつもりだったというのに帰ってきた大げさな返答に、ロッドは目を瞬かせた。
「アンタって意外と詩人だね」
 茶化すつもりが半分、マジメに拝聴するつもり皆無、残りは左の耳から右に通り抜けさせるつもりでにやにやと笑うロッドに構わず、ジャンは続ける。
「嵐の真っ只中にわざわざ飛び込んでいくなんてことは無謀だよ。じっと待っていることの方が得策なこともある」
「それは長生きなあんたの経験から?」
「そ。あの島でそうやって何度も嵐を乗り越えてきた」
「ありがたいアドバイスだけど、今度のはどうなんだろうね」
「嵐の中から避難するっていう選択肢もあるんじゃないのか?」

 嵐の真っ只中ねぇ。

 ブリッジに降り立つハーレムの後姿がゲートに消えていくのを見送った時ざわつき始めた胸が、今激しく打ち始めた。

 ああ…そうだ。
 嵐の中心が来るのではなく、自分達全員がそれだったのだ。
 自分達は中心にいるハーレムに付き従っているだけ…に見えているのかもしれない。が、そうじゃない。

「避難するのはやっぱり性に合わないねぇ」
「それが得策だって分かっていても?」
「どうしても抗えないことってあるでしょ。理性や理屈がどんなに『そんなことはやめとけ』って言ってもさ」
 ジャンは口を一文字に引き結び、眉をひそめた。
 非常灯の心もとないあかりの下にも関わらず、ジャンがどこか遠くを見る目になったのをロッドは見逃さなかった。
 
 それに気付いたジャンが表情をかき消そうとした時、ズゥンと突き上げられる衝撃が走り、建物全体が揺れ、非常灯が落ちた。
 完全な暗闇に包まれたのはほんの十数秒で、ラウンジはすぐに平静を取り戻した。

 それと同時に完全復活した電力のおかげで視界がはっきりとした中、ジャンとロッドは暫く沈黙したまま互いの顔を見つめていたが、先に折れたのはロッドだった。
「お名残惜しいけど…」
 人懐こい笑みを浮かべながら差し出される手の意味をジャンは確認した。
「行くのか?」
「まあね」
「外は大嵐だぞ」
「仕方ないっしょ。それでも行くことにしたんだもの」
 
 差し出された手が拒まれなかったのを見て、ロッドは目を細める。
 おざなりではない握手の後、彼は席を立った。

 ジャンが視線で見送る中、彼はラウンジの入り口にいた男になにやら話しかけられていたが、ニ、三言交わした後足早に去っていった。
 
 その瞬間にラウンジに駆け巡った緊張にジャンは一つため息をついたが、さっきロッドに向けていった言葉を思い出しイスに背を預けた。

 今度のは大きそうだな…という呟きを耳に入れる余裕のあったものはそこには誰一人いなかった。

 





□□
□□□