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葬送
ガラスが破れあちこちがたの来ている管制室で、管制官はレーダーに一機の機影を確認した。敵味方の認識コードは味方、というので管制官が安心したところ… 無線から唐突に響いてきた声。
「おーい、無線はいきてるか?」
「所属と認識ナンバーを…」
「お、生きてるみたいだな。今からそっちに降りるから間違っても打ち落とすなよ」
かすかに響いてくるジェットエンジンの音。
…今ここでこられても滑走路は着陸できる状態ではないというのに、どこのバカだ、と管制官は心の中で舌打ちした。
「所属と認識ナンバー、氏名を述べよ」
二度目の通達にも返事はなし。
その代わりエンジン音は次第に高くなり、振動でもろくなった天井からパラパラと埃を降らせ始めた。
「おいっ。所属と…識別信号は…」
ここにきてようやく慌て始めたオペレーターに向かって、答えが返ってきた。
「識別番号02」
ガンマ団の団員の個人コードは、イニシャルとそれに続く数字で構成されている。
この不届き者の名乗った識別番号にはアルファベットがなかった。
…ということは。
総帥一族の者にはイニシャルは不用。
今現在一族で軍属にいる人物、それは現総帥とその弟しかいない。
「H・A・ R・ L・ E・ M(エイチ・エイ・アール・エル・イー・エム)…ハーレムだ。
分かったらさっさと着陸許可だしやがれ。
グズグズしてるとてめえの脳天にハリアー下ろすぞ。
こっちの燃料はもうすっからかんなんだからな」
何の連絡もなくやってきたハリアーの搭乗者がハーレムだと知れた瞬間、基地内は敵襲を受けたかのように騒然となった。
慌てて出てきた司令代理は、着陸したハリアーから姿を現したハーレムの格好にド肝を抜かれた。
黒のスーツ、黒のタイ。
彼がどこからここに直行した明らかだった。
ヘルメットを脱いで現れた青の一族の黄金色の髪と、そして自分に向けられたあの独自の青い瞳を目にした時、基地司令代理はさらに身の縮む思いをした。
数日前の急襲の後片付けはまだ終わっていない基地には、あちこちに凄まじかった戦闘の名残と破壊の跡が残っていた。
激戦区のEブロックの後方支援基地として重要な役割を持っていたここが急襲されたのは一週間前。
元々簡単な地対空ミサイルや地対地ミサイル、重火器しか装備されていない基地であったため、隣の基地から援軍が来たときには施設の大半は破壊され、多数の死傷者を出していた。そして戦死者のリストの中に、医療班のメンバーとして赴任していたガンマ団総帥の弟の名前があった。
重症を負い送り返された司令の変わりに基地の復旧をまかされて不眠不休のところにやってきた迷惑な客に、基地司令代理は疲労でやつれた顔で精一杯哀悼の意を示した。
「…どこで死んだんだ?」
「滑走路の横の格納庫です…」
「ハッ。なんでそんなところで戦死したんだよ。シェルターがあんだろうが」
「ルーザー様は負傷者の救護に尽力されておりました。そこに…運悪く……」
涙で詰まる声で、司令官代理は『焼夷弾が落ちたのです』と一気に吐き捨てるように
言い、両目を覆った。
実験や研究畑のルーザーがいきなり激戦区に行くと言いはってもマジックが承知するはずがなかった。それに実際そんなヤツを何の訓練も施さずに送り込まれても現場の連中も迷惑なだけだろう、と自分も思う。
だが、末弟に自ら眼を抉り取らせる原因を作ったルーザーはがんとして聞き入れず…『後方支援基地に医療班の一員として赴任する』
これが兄の取ったギリギリの妥協策だった。
負傷者の救護をしていた…。
ルーザーさまは負傷者の救護に尽力されておりました。
司令官代理のその言葉が何度も頭に蘇ってくる。
死ぬまで仲間の手当てに力を尽くし、そこで散った…。
研究者としての冷徹な目を持つルーザーなら知っている。
研究のために、という名目なんかなくても、純粋な好奇心に変えて何でもしてしまうヤツだとは思っていたが…爆撃の中に救助にいってそれが何になったというのだろう。
あのルーザーにとって。
「あのルーザーがか?」
格納庫跡にたどり着く前に何度も口をついて出たが、本人はまるで夢うつつのようにつぶやいていることを自覚していない。
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