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 めくれ上がったアスファルトと焼け焦げた土。
 設備の復旧が進んでいないため乏しい投光機の灯りの下で地面を見た。
 周囲が未だに破壊の後が生々しいのに、一箇所だけだけ丁寧に瓦礫の取り除かれた場所があった。
 そこがルーザーが散った場所だった。



「あなたたちは兄弟が死んでも涙一つ流さないのね」
 残されたルーザーの妻は、埋葬が終わった後三人の義兄弟をなじり倒した。
 二度に渡って襲った悲しみの強さに涙を流すこともできないサービス。
 たとえ血を分けた肉親の弔いの場でも泣くことは許されないマジック。
 …そして普通ならこういう場では泣くのだろうが…とは思いつつ、涙腺は無反応のまま葬儀が終わってしまった自分。
 身重の為、ゆったりとした喪服に身を包んだ彼女が、今埋葬され真新しい墓石の置かれたばかりの夫の墓に泣き崩れ、それをもう一人の同じく身重の義姉が…
「もう泣かないで…お腹の赤ちゃんに悪いわ。
 ただでさえあなたはもう何日も眠っていないし、食事もしていないのよ」
 彼女も負けずに膨らんだおなかを持て余しているというのに、小雨の降り始めた墓地からなかなか動こうとしない義妹を辛抱強く諭し、ようやく墓地から立たせることに成功した。
「義姉さん、ぼくが車を回してきますよ」
 サービスは車を取りに駐車場に足早に消え、これ以上濡れたくない義姉たちはゆっくりとした足取りでそれを追う。
 妻と末弟の機敏な判断にホッとしたマジックはタイを指先で緩め、自分に『もう戻ろう』と促した。

 二人の義姉の見せた人として家族としてごくあたりまえの感情と行動に奇妙な居心地の悪さを感じていたのは自分だけだった。
 かみ合わないパーツを無理やりに押し込んで作り上げたジグソーパズルのようなルーザーの葬式…。
 合わないパーツは自分なのか。はたまたパズル自体が狂っているのか…。




 ハーレムは体をかがめ袖をまくる。
 手の平で地面をちょっと掘ってみたが…当然何もでてこない。
 戻ってきたルーザーの棺は空だった。
 爆撃された場所にいたのを目撃した生存者は複数だったのと、その後ネズミ一匹逃さないという気迫の元で捜索されたのに、髪の一本、骨の一欠片も残っていなかった。
「本当に何にもないんだな」
 そんなこと分かりきっている。16の時から戦場を駆けずり回っているのだから、そういう場面には幾度も遭遇している。
 だからルーザーの棺に何もないと言われても動揺はしなかった…。
 なのに…何故わざわざ最前線までハリアーを飛ばしてやってきたのだろうか。




 何度も巡っては、同じところに帰結しようとする『答え』を首を振って打ち消そうとした時だった。

 基地の方からサイレンがなり始めた。
「敵襲かっ」
 空を見上げると、点滅する光が数個次第に近づいてくるのが見えた。

「ハーレム様っ早くシェルターに」
 一台のジープが横付けし、載っている兵士が促した。
 
 身に覚えがある。
 ここにくるのに燃料がギリギリだったので最短距離を突っ切るのに…敵の部隊の勢力範囲内のギリギリを掠めてきたっけ。
「あー、あれだな。原因は」
 ハーレムはジープに飛び乗ると自分の救援にきた兵士の襟首を掴み、引きずり落とした。
 引き摺り下ろされた兵士が見たのは、今まさに敵がこようとしている方向に消えていくハーレムだった。

 もうおしまいだ。
 兵士はそのままその場でへたりこんでしまった。

 基地の中も騒然としていた。
 基地の司令代理は、滑走路の先端に走っていくジープの上にある金色の髪を見て卒倒しそうになった。
「何を考えてるんだぁ〜あの男はっ!死にたいのかっ」
 武器一つ持たずに敵の真ん中に突っ込んでどうするというのだ、またこの基地でガンマ団総帥の弟が戦死したとなったら、いったい自分たちはどうなるのだ。

 司令官代理が、絶望的な気分で神に祈り始めたころ…。

 ジープから飛び降りたハーレムが見上げるとサーチライトに照らされたヘリの機影が見えた。
 
 地対空ミサイルを待つまでもねぇ。
 爆音と共に近づいてくるヘリ向かって右手をかざす。
 

 マジックのようにコントロールできるだろうか…サービスのように全てを破壊しつくして自分も…と不安が一瞬よぎったが、ためらっている時間はなかった。


 左の魔性の眼がチリチリと、今まで感じたことがないほどに熱くなる。
 そこから生じた熱が体内を駆け巡り右手に集まっていく。
「ハッ」
 気合と共に青白い閃光が右の掌からほとばしった。
 噴火口から溢れる溶岩のように、すべてを押し流そうとする土石流のように巨大な荒々しいエネルギーが空に向かって駆け上っていき、先頭のヘリを飲み込んだ。
 

 敵のヘリが何者かに撃墜された、という報告に双眼鏡で目視で確認しようとした基地司令代理が見たものは、炎を背にボロボロになった黒い上着を左肩にかけ、右手をズボンのポケットに突っ込んで歩いてくるハーレムだった。









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