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大きなタマネギの下で act.2


「高松いるかーっ」
 荒々しくドアがノックされ、返事を待たずして開かれた。だが、ソファに座っていた人物はハーレムが名指しした相手ではなかった。
「あれ、ハーレム叔父様だよね?お久しぶり」
 グンマは一瞬戸惑いの表情を見せたが、やってきたのがハーレムだとわかると快く中へ招き入れた。
 彼が持つうさぎの絵のついたマグカップから漂ってくるのは甘ったるいココアの匂い。
「ハーレム叔父貴、どうしたんだその格好は」
 そして、向かいのソファに座っているキンタローがコーヒーの匂いのするカップを持っているところを見ると二人はお茶をしていたらしい。
「グンマ、高松はどこにいるんだ?」
「高松は昨日からオーストラリアに出張してるけど…叔父様、原子炉にでも作戦に行くの?」
「いくらなんでも原子炉の完全破壊はどうかと思うが」
 ハーレムの行動も分けがわからないが、この二人ももしかしなくても相当ズレてる?
 口にしたら眼魔砲でこの世から抹殺されかねないことをロッドは考えてしまった。
 だが、それはおくびにもださずに一歩退いたところで、例の箱を持ったまま立っていた。

「いつ帰ってくるんだ?」
「急ぎの用なら衛星システムの携帯電話で呼び出してみるが」
「そんなことはどうでもいい。とにかくコイツを引き取ってくれ」
 ここでロッドはようやく手に持った箱を下ろすことを許された。
「あーこれね。」
 グンマは驚いた様子もなく、タマネギを手にとるとシゲシゲとながめた。
「引き取るって…それは補給班に言ってよ、叔父様」
「危険物はてめぇンとこの管轄だろうが」
「危険物…って、これは高松が開発したバイオ・タマネギなんだってば」
 それを危険物といわずしてなんと言おうか。ハーレムの認識は、一般団員にとってまっとうなものであるが、そんなことに相槌打ったら、この二人の科学者に何されるか分からないと、ロッドは無難な質問で切り抜けることにした。
「なんですか、それは」
 ロッドの質問にグンマが答えた。
「高松が研究しているバイオ植物の一つだよ。普通のタマネギの大きさの三倍はあるタマネギ、といったらそれまでなんだけどね」
 キンタローがグンマの説明に続ける。
「大きさ以外は普通のタマネギとなんら変わりはない。だが、栽培の期間は通常のタマネギの約半分だ。タマネギは他の野菜と違って保存も効くからな」
「へぇ…で肝心の味はどうなんですか?」
「普通だよ。これ一つで50人前のオニオンスライスが作れるし…なんならこれ食べてみる?シンちゃんが作ったオニオンパイ。このタマネギを使ってるんだ」
 グンマは自分たちがお茶請けにしているパイを皿に取り、ロッドとハーレムに差し出し、ロッドは一切れ取ると、おいしそうにほおばった。だが……。

「和んでんじゃねぇ、ロッド。そんなもん吐き出しちまえ」
「は、吐き出せって…。隊長、これものすごくうまいですよ」
「んな訳の分からんもん食うなっ。帰るぞ。」
 訳の分からないもの、という言葉に全員が絶句した。
 さっきからの説明の何をきいていたのだろうか。このオッサンは。
「だーかーらー、高松が開発したバイオ・タマネギだって言ったでしょう?何が訳が分からないものなのさ」
 というグンマに続いてキンタローが無言で席を立った。
 彼はノートパソコンを持参し、三人の前に何かの実験結果らしきものを引っ張り出し…全員の目の前に指し示しながら…説明を始めた。
 叔父もガンコだが、その甥っ子も譲らないつもりらしい。
「このようにだな…分析の結果、サイズと栽培期間以外は今までのタマネギとなんら変わらないことが証明され…」
 説明が始まって五分もたったころ、ついにハーレムの堪忍袋の緒が切れた。
「…臨床試験だなんだって…てめぇはオレらをモルモットにするつもりだったのか、え?」
「人聞きの悪いことを言うな。これは団の福利厚生の一巻としてだな…いいか。タマネギには血液をサラサラにする効果が……そのサラサラにする効果を利用してだな。規則正しい食生活を送れているとは思えない、しかも、暴飲暴食、喫煙、などという健康を害する恐れのある生活習慣を持つものが多い部隊をよりすぐって………」
 まさにそのまま当てはまる部隊を選んでくれたものだ、とロッドは感心したが…あまり嬉しくはない。
「それでオレらに尻尾でも生えたらどうしてくれるんだ」
「生えるものならボクたちにとっくの昔に生えてるよ」
 グンマが、ハーレムが見向きもしなかったオニオンパイをほおばりながら答えた。
「一週間前にオニオンサラダで食べたし、昨日のメニューのおとーさまの手作りカレーにも入っていたし…」
「ともかくだ。あんたと団員の健康のためにも持って行ってもらわないとこまる。それにこの計画は、マジック伯父貴からもくれぐれもといわれていることだ」
 あのクソ兄貴〜ィィィ。
 急にハーレムから立ち上り始めたオーラに三人はギョッとした。
 彼の掌にどんどん力が集中していくのが…傍目にも分かり…
「ひっ隊長っ」
「やめろっ」
「やめてーっここには総帥室と違って危険な薬品が一杯あるんだよっ」
 危険な薬品、という言葉にハーレムが一瞬たじろいだ気がしたが、結局彼の掌から眼魔砲が放たれてしまった。
 それは本部塔総帥室のあたりでいつも繰り広げられている爆発に比べたらごくごく小規模なものであったが……。

「うわっな、な…」
「い、痛い…眼がっ」
 ロッド、グンマ、キンタローの三人はハンカチで目を押さえうずくまってしまった。
 ハーレムの眼魔砲が破壊したのは、ロッドの持ってきたダンボール箱だけですんだのだが…あたりはタマネギのみじん切りと汁があちこちにこびりついていた。近くにいた人間にもしかり、である。
 当の加害者は、この期に及んで脱いでいなかった防護服のおかげで天然催涙弾の攻撃は免れたようだ。
 
「ひ、ひどいよぉ…叔父様」
 ようやく開くことができた赤い眼で、甥っ子たちはあたりを見回したが、ハーレムとロッドの姿はなかった。
 残されたのは大量のタマネギのみじん切り。
「…これどうしたらいいんだろね、キンちゃん」
 キンタローはグンマと違い泣き言は言わなかった。だが腹に何か据えかねているのは言われなくても分かるくらい、ハンカチで顔中についたタマネギの汁をぬぐう彼の顔は険しかった。
「こんなことでめげるオレではない」
 めげるとかめげないとかではなくて……今差し迫っている問題はこの微塵切れまみれの部屋をどうするかってことなんだけど…。
 となみだ眼で訴えるグンマのことは、涙が溢れるキンタローの視界には入らないらしい。
「…今度こそはうまくやる。そして臨床データを取ってだな、この臨床データを元に、このタマネギをガンマ団ブランドとして世界に売り出し……ハーレムの食生活と生活習慣を改良し…」
「改良は作物に使うんであって、この場合改善じゃないの?キンちゃん、もしかして飛んできたタマネギが頭に当たったの?」
 従兄弟の心配をよそに、キンタローの野望のお披露目は続く。






 「あぁ、ひでぇ目にあった」
 シャワー室から出てきたロッドを苦笑しながらGは出迎えた。
「…たく…まだタマネギの匂いが残っているぜ」
 耳の穴の中にまで入ってるんじゃ、と小指でほじくるロッドに、Gは慰労のつもりだろかビールを差し出した。
「まあ…それくらいですんでよかった」
「おまえ、それは人事だからそういえるんだぜ」
 頭からタマネギのみじん切りを被って戻ってくるときの恥ずかしさといったら。
 おまけに、道中ハーレムに何度も
「近寄るんじゃねぇ、このタマネギヤローがっ」
 と罵られる始末。誰のせいでタマネギまみれになったんだか。
「………タマネギまみれにされたのが…あっちの部屋で済んでよかったというイミだったのだが」
「まー確かにね。おめぇも言うなぁ…G」
 あのタマネギが一瞬にしてみじん切りになったんだから、あのラボの惨事は想像するまでもなさそうだ。それが窓も開けられないこの狭い空間で起きたらと思うと…さすがにゾッとする。
「ま、隊長がここで眼魔砲ブッぱなしてたら飛行船中がタマネギの匂いですげーことになったろな」
 のんきに笑うロッド。
 そして、Gは
『ロッドは三日間はオレと同じ空間に入らないこと』
 というハーレムの命令をどのタイミングで伝えようかと悩んでいた。
 




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最初は拍お礼にいれるコネタ程度の予定でしたが、ムダに長くなって
しまいました。
ただただ大人気ないハーレムとめげないキンタロー…
うーんおかしいなあ(笑)最初の予定では『甘いキンハム』だったんですけど。
その前にタマネギをネタにして甘いキンハムということ自体にムリがあります。

反省





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