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百年の孤独
「なんでここにいるんだ」
「あなたこそ、どうしてそんな風に夜中にここにくるのですか?」
ここで顔をあわせるのはもう何度目になるのか。
リキッドが夜中に目を覚まして甲板に上がってみれば、必ずといっていいほどアスがいた。
そこで引き下がるのは逃げだ、と思うリキッドは甲板で平静を装って海を眺める。
そして、アスもそれに付き合う。
「眠れないからだよ」
「眠れないとここにくる理由は?」
「寝返りうったりゴソゴソしていたら、パプワたちが目をさまずたろうが」
「ああ…そんなものでしたね。眠るということをしなくなったおかげですっかり忘れてました」
全く自分の経験や常識とはかみ合わないアスとの会話に、リキッドはいつも疲労感を覚える。
「よくいうぜ。ずっと眠りっぱなしだったんじゃねぇかよ」
「…その眠りではなく、肉体の眠りというものを持っていた時期もあったのです」
「ふーん。どれくらい前?総帥の前の前くらい?」
その問いにアスはあからさまに侮蔑の表情をし、答えた。
「…人間の言うところの年月の観念で言えば…軽く千年以上前というところですかね」
おまけに『あなたって人は…本当に何も知らないのですね』、という嫌味も付け加えてきた。これも毎度のこと。
疲れる。本当に疲れる。
確かに自分はアスから見たら『番人』や『秘石』について何も知らないヒヨッコだ。 赤の秘石とジャンから赤の番人について色々と聞かされたが、それはもっぱらリキッドを引きとめようというしての説得だったし。
「今から知るンだよ」
「まあ、期待しておきましょう…一応ね」
不毛な会話をするよりは寝たふりの方がマシだ、と思ったリキッドは、はいはい、ではおやすみなさい、といって甲板から船内に戻る階段に向かおうとした…が、急に何かを思い立ち足をとめてアスの方を振り返った。
「そういや…おまえどうしてそんなにいちいちオレに構うわけ?」
「ジャンが残した者のことを知りたい」
知りたいんですよ、あなたのことをね…というアスにリキッドは冷たく突き放した。
「オレは別におまえのこと知りたいとか思わねぇよ」
おまえが、赤の一族に害をなすものとだけ知っていれば十分だからな、と。
だが、アスは別に怒った様子もなく、相変わらず涼やかな表情で…ともすれば笑みを湛えてリキッドを見ていた。
「望もうが望むまいが、知ることになりますよ」
その気がなくても教えてやるってことか。
本当に気にくわねぇ。
「…最期にはあなたと私しか残らないのだから」
もはや反論も質問もしたくないリキッドを気にすることもなく、アスはいつものように言いたいことをいい、音もなく消えていく。
最期に残るのは二人だけ。
「それってどういうことだよ」
赤と青の二つの秘石がはめ込まれた壁の前でリキッドは尋ねる。
番人としての知識や経験のない彼に、赤い玉は何でも答えてくれた。
隣にいる青の秘石は彼に語りかけることも、質問に答えることもなかった。
アスに関して問いただしても、リキッドは押さえ宥められるばかり。
赤の秘石がそういうのなら…と納得するしかなかったリキッドだが…確かにアスはこの船に乗る何者にも害をなさず、他の者も彼がここにいることに気づいていないようだった。
『…あなたには実感として沸いていないでしょうけど…他の者たちの時間の流れの中にあなた方はいないということなのです』
「…はっきりと言ってくれよ。オレ頭悪ぃからわかんねぇ」
『…あなたは年を取らなくなる、と言ったのを覚えていますか?』
「ああ…」
赤の番人となった瞬間から自分の時間は止まる、とジャンと秘石から散々訊かされていた。
『…まだ数ヶ月では実感がわきませんか』
「そりゃね…」
『毎日毎日の積み重ねが必死なうちは気づかないでしょうけど…』
赤の秘石はなにやら考えこんでいるようだった。
リキッドは次の言葉が出てくるのを待ったが…そろそろメシを作りにいかないといけないことを思い出し、秘石たちの壁から立ち去った。
できた飯の不出来を自分が守るべき対象から言われ、ろくずっぽ食べてもらえなかった食べ物を無理やり口に詰め込みながらリキッドは考える。
もし、ここに…パプワと同じような身の上であの一族の一人が乗っていたら…アイツはどうするのだろかと。
だが、どんなに想像力をめぐらせても、メシを炊いては守るべき子供に『マズい』と罵られ、掃除洗濯に追われているアスの姿を思い浮かべることはできなかった。
「アイツ、オレよりも要領よさそうだからなぁ」
その前に、ハーレムやその兄弟たちがこんな風に当て所のない旅路をさすらうことも想像がつかなかったのだが。
これ以上胃袋につめこめそうにない出来損ないの夕食を始末しながら、リキッドはため息をついた。
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